鉄のカーテンを越えたソ連の十大映画

「生き方の説教は良いから、経済的に助けてちょうだいよ」と映画『モスクワは涙を信じない』に登場するリュドミラは不敵な笑みを浮かべて言う。これを聞いて懐かしくなった人のために、ロシア・ビヨンドが世界中の観客の心をつかんだソ連の名作映画と名作アニメの一覧を用意した。

1. 『運命の皮肉、あるいはいい湯を』(1975年) 

 この映画は中毒性があるので要注意。『運命の皮肉』はロシア国内外のコメディーファンにとって世代を超えた必需品となっている。このソビエト・ラブコメの傑作たるエリダール・リャザーノフ監督の映画ほど新年を象徴するものはない。

 36歳のハンサムな独身男性、外科医のジェーニャ・ルカーシンはモスクワの第三建設者通り25番のアパートに住んでいる。32歳の女性ナージャ・シェヴェリョワも同じく第三建設者通り25番に住んでいる。ただし、こちらはレニングラード(現サンクトペテルブルク)だ。ある晩、友人らと合流してバーニャ(ロシア式サウナ)に集まることにする。

 ウォッカを飲み過ぎるとろくな事が起こらない。案の定、モスクワの外科医は友人のパヴリクと取り違えられてレニングラード行きの飛行機に乗せられる。ルカーシンは泥酔していて視線も定まらない。だが、レニングラードのタクシー運転手に何とか住所を伝え、「帰宅」する。へべれけの男は自宅の鍵で扉を開けて部屋に上がり込み、そのまま眠りに落ちる。セクシーな金髪女性のナージャが間もなく帰宅し、見知らぬ酔っ払いが彼女のベッドで寝ているのに気づく。ジェーニャはこのベッドの上に末永く落ち着くことになるかもしれない。この184分はあなたにとって今までで最高の経験となるだろう。

2. 『雪の女王』(1957年)

 ハンス・クリスチャン・アンデルセンの同名童話に基づくこの手描きのソ連アニメは、1950年代末の上映直後から大ヒットを収めた。有名なソユーズムリトフィルム・スタジオが制作したレフ・アタマーノフ監督の60分の作品は、まさに一級の芸術品だ。

 美しく、かつ偽りのないこの『雪の女王』は、ユニバーサル・ピクチャーズが1959年に配給権を獲得し、冷戦の最中に米国の会社が初めて購入したソ連映画となった。ゲルダとカイを主人公とするソ連名作アニメは、今でもその魅力と真価を失っていない。

 『もののけ姫』などの作品で知られる日本の宮崎駿監督は、初めて『雪の女王』を見た時に自分が何を生涯の仕事とすべきかに気付き、アニメーターになることを決意したと回想している。「この職を選んで本当に良かったと思っている。これは天啓のようなものだった。映画のメッセージは本物であり、重要だった。ソ連は芸術史に素晴らしい宝を残した」。

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3. 『戦争と平和』(1965年)

 このセルゲイ・ボンダルチュク監督の大作ほど壮大で、遠大で、感動的な時代映画は他にないだろう。アカデミー賞を受賞した4部作は、1812年の祖国戦争を5つのロシア貴族家庭の視点から描いたレフ・トルストイの傑作を基にしている。

 複雑なストーリーと堂々たる俳優陣がトルストイの作品を具現化し、ロシアを遥かに超えた世界像を作り上げた。圧巻の視覚効果と重厚な哲学がミルフィーユの如く折り重なるボンダルチュク監督の映画は、英雄的行為と偽善、信念と赦し、愛と忠誠に新たな定義を与えた。 

4. 『ダイヤモンド・アーム』(1968年)

 この映画は50回見ても飽きず、お馴染みのジョークで何度でも笑える。ソ連のドタバタ喜劇の巨匠レオニード・ガイダイは、『イワン・ワシリエヴィチ、転職する』や『オペレーション「Ы」とシューリクの冒険』『コーカサスの女虜、もしくはシューリクの新しい冒険』『十二の椅子』などの大人気ロシア映画でも監督を務めている。

 『ダイヤモンド・アーム』はソ連の経済学者セミョン・ゴルブンコフ(ユーリー・ニクーリン演)の冒険とロマンス、ユーモアに満ちた物語だ。彼はクルーズ旅行で生まれて初めてソ連国外に出る。イスタンブール滞在中、セミョンは路上のスイカの皮を踏んで転ぶが、その際に「ちくしょう!」と叫ぶ。これは偶然にも、モスクワにダイヤモンドを密かに運ぶ運び屋を探していた犯罪グループの合言葉だった。セミョンが運び屋だと思い込んだ悪党たちは、宝石を箱に隠し、気を失っている哀れなセミョンの腕にそれを取り付ける。これから先は滑稽なアクション・アドベンチャーが続く。 

5. 『霧の中のハリネズミ』(1975年)

 ハリネズミが荒れた森の道を行く。友人の子グマと一緒に星を数えるためだ。旅の途中、ハリネズミは濃い霧の中に入るが、フクロウ、カタツムリ、コウモリ、イヌに後を付けられ、そして花嫁の如く霧の中から現れる幽玄とした白いウマに出会う。

 ソ連アニメの天才ユーリー・ノルシュテイン監督は、『霧の中のハリネズミ』で彼の最も象徴的なアニメキャラクターを作り出した。ノルシュテイン監督の傑作アニメは数多くの国際的な賞を受賞し、2003年に日本で開かれたラピュタアニメーションフェスティバルでは世界の140人のアニメーターによる史上最高のアニメを決める投票で第1位に選ばれた。 

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6. 『惑星ソラリス』(1972年)

 ロシアで最も尊敬を集める映画監督の一人で、『僕の村は戦場だった』や『アンドレイ・ルブリョフ』『鏡』『ストーカー』などの作品で知られるアンドレイ・タルコフスキー監督は、トリッキーな質問を投げかける達人だった。彼のSF大作『惑星ソラリス』は見た者を驚かせる。スタニスワフ・レムの同名小説に基づくこの映画は、一種の催眠効果があり、見れば頭から離れなくなる。

 心理学者クリス・ケルヴィンは、海洋惑星ソラリスの上空に浮かぶ、半分廃墟となった謎めいた宇宙基地に到着する。巨大な施設で働く3人の科学者の他に、クリスはたくさんの「幽霊」に出会う。「幽霊」は人間の最も痛ましく最も恥ずかしい記憶が具現化したものらしい。ケルヴィンは10年前に夫婦喧嘩の末自殺したかつての妻ハリー(ナタリア・ボンダルチュク演)の「幽霊」に文字通り取り憑かれる。

 タルコフスキーのSFドラマ(日本、モスクワ、クリミアで撮影された)は、魂と人格、自然と科学、愛と悪魔の葛藤を扱っている。どちらが勝つかは重要ではない。本当の勝者はいないからだ。

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7. 『戦争と貞操』(1957年)

 第二次世界大戦で引き裂かれた恋人たちの心理を描写したミハイル・カラトーゾフ監督の映画は、これまでに世界で作られた中で最も優れたドラマの一つだ。ヴェロニカの婚約者ボリスは戦場に出たきり二度と戻らない。人生を壊されたヴェロニカの悲痛な物語を通して戦争の破滅的な結末が感動的に描き出されている。

 クローズアップや息を呑むようなショットに満ちた『戦争と貞操』は、カンヌ国際映画祭で念願のパルム・ドール賞を受賞した唯一のソ連映画だ。初上映から65年近くが経つが、この象徴的なソ連ドラマは未だにその映像の輝きと魅力を失っていない。

8. 『モスクワは涙を信じない』(1979年)

 この映画はイースト生地のようなものだ。膨らむまで辛抱強く待たなければならない。このソ連の傑作は、『セックス・アンド・ザ・シティ』の作者キャンディス・ブシュネルも羨むものだろう。

 3人の親友が寮の部屋をシェアし、モスクワで成功することを誓う。最も責任感の強いカテリーナは、スターリン建築の高層アパートに住む大学教授の叔父の留守を任される。モスクワの紳士たちを誘った「三姉妹」は、大きなパーティーを開き、教授の娘たちであるように偽る。カテリーナは乗り気でなかったが、ハンサムで控えめなカメラマンに出会い、一線を越えてしまう。そして間もなく、妊娠したことに気付く。ルドルフはカテリーナが教授の娘ではなく工場で働いていることを知り、彼女を捨てる。ルドルフの嫌味な母親もカテリーナに身を引くよう強要する。苦難にもかかわらず、彼女は娘を生み、工場長になり、ついに運命の男性に出会う。 

 世界中の観客を魅了しようと思えば、映画には何か特別なものが必要だ。ウラジーミル・メニショフ監督の『モスクワは涙を信じない』は、1981年にアカデミー外国語映画賞を受賞し、不可能なことを成し遂げた。才能と心があれば、民族や予算、国籍は関係ないということを証明したのだ。

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9. 『こんにちはチェブラーシカ』(1969年)

 ロマン・カチャーノフが監督を務めたソ連のストップモーションアニメは、何世代にもわたってロシアの子供たちの間で絶大な人気を誇っている。後に『ピオネールに入りたい』(1971年)、『チェブラーシカと怪盗おばあさん』(1974年)、『チェブラーシカ学校へ行く』(1983年)の3作が作られた。

 ゲーナはただのワニではない。多作の作家・詩人エドゥアルド・ウスペンスキーが作り出した奇抜なアニメキャラクターは、赤いスモーキングジャケットと黒い蝶ネクタイ、小さな山高帽を身に付けている。彼はパイプをふかし(ご心配なく、彼は50歳だ)、アコーディオンを弾き、動物園で働いている。彼とチェブラーシカは親友だ。大きな丸い耳と大きく見開いた目を持つかわいらしい小さな生き物であるチェブラーシカは、ウスペンスキーの生み出したもう一人の人気キャラクターで、しばしば「ソ連のミッキーマウス」とも呼ばれている。

 チェブラーシカはソ連の外でも象徴的なキャラクターとなった。英国では「トップル」、フィンランドでは「ムクシス」、ドイツでは「プルンプス」、スウェーデンでは「ドルッテン」として有名になった。また、チェブラーシカは日本でもスターになった。2003年には、日本のある会社が日本での2023年までの「チェブラーシカ」の配給権をソユーズムリトフィルムから獲得している。

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10. 『炎628』(1985年)

 この映画は荒廃と敗北の絶望感に満ちている。『炎628』は当初「ヒトラーを殺せ」と題されていた。舞台はナチス占領下の1943年のベラルーシ・ソビエト社会主義共和国だ。妥協なき映画監督として知られるエレム・クリモフ監督は、フリョーラ(アレクセイ・クラフチェンコが好演した)という16歳のパルチザン少年の目を通して歴史の一幕を描くことにした。スターリングラード出身のクリモフは、身をもって第二次世界大戦の恐怖を経験しており、上辺だけ良く見せた勝利の物語ではなく、硬派な戦争映画を撮りたいと考えていた。 

 非人道的な状況で人間性を保つには何が必要か。自分の目で見て決めてみよう。『炎628』の戦争の恐怖で観客を怯えさせることではなく、超写実主義的に、かつ恐ろしいほど正直に、悲劇の奥深くに隠されたものをさらけ出すことだった。エレム・クリモフにとって重要だったのは、少年の灰色になった髪や顔の皺などの外面的な傷ではなく、むしろ彼の心に残された内面的な傷のほうだったのだ。 

 ソ連のドラマは世界中の映画監督、批評家、歴史家から称賛を受けた。「この1985年のロシア映画は、史上最も破滅的な映画の一つで、そこでは生き残った者が死んだ者を羨まざるを得ないほどだ」とピューリッツァー賞を受賞した映画評論家ロジャー・イーバートは論評を締め括っている。

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