今年見るべきロシアの新作歴史映画5選

Aleksandr Domogarov, Jr./Mars Media Entertainment, 2020
 2021年、世界の視聴者は、HBOのドラマ『チェルノブイリ』に対抗するロシア映画を目撃し、第二次世界大戦で最も有名なソ連の女傑の悲劇を知り、「ソ連版ハチ公」の感動の物語と出会うことになる。

1.『ゾーヤ』(“Зоя”)

 1941年11月、モスクワ攻防戦の最中、敵に占領された首都郊外の村にソ連の破壊工作・諜報部隊が送られた。彼らの任務は、ドイツ人が冬の寒さを凌ぐのに利用しようとしていた住居を焼き払うことだった。その時の破壊工作員の一人が、学校を出てすぐに義勇兵となった18歳の少女、ゾーヤ・コスモデミヤンスカヤだ。

 コスモデミヤンスカヤと仲間らはペトリシチェヴォ村の3軒の家を焼いたが、その後敵に見つかって捕らえられてしまう。若い娘は過酷な拷問と暴行を受けたが口を割らなかった。絞首台に連れて行かれた際も、彼女は集まった村民に敵と戦うよう呼び掛け続けた。

 ソ連時代、ゾーヤ・コスモデミヤンスカヤは第二次世界大戦で最も有名な女傑の一人と見なされ、彼女をテーマに数十の曲や映画、小説、詩が作られた。ソ連崩壊後、彼女の像はしばしば批判に晒されるようになった。例えば、コスモデミヤンスカヤは精神分裂症を患っていたとか、家に放火することで占領地の人々を凍死させたとかいう主張がなされた

 歴史の歪曲を防ぎたいロシア軍事歴史協会の主導で、有名な破壊工作員を主人公にした新しい映画『ゾーヤ』が作られることになった。「ロシア軍事歴史協会とその職員、多くのロシア国民がゾーヤ・コスモデミヤンスカヤとその英雄的な功績を知っている。だが残念ながら、最近では多くの人が彼女のことを知らず、記憶していない。ゾーヤを次々に攻撃・非難する行為まで始まっている。かつてこの若き女性は、祖国と平和、そして私たちの今を守るために立ち上がったのだ。我々は、今こそ彼女を攻撃や改竄、侮辱から守らなければならない」とロシア軍事歴史協会情報政策部長のナデジダ・ウスマノワ氏は力を込める

2.『チェルノブイリ。奈落』(“Чернобыль. Бездна”)

 HBOのヒットドラマ『チェルノブイリ』の放送が始まった直後、ロシアでもこの悲劇を題材とする映画の撮影が始まった。『チェルノブイリ。奈落』で監督と主演を務めるのは、ダニーラ・コゾロフスキーだ。彼はドラマ『ヴァイキング』の最終シーズンでオレグ公を演じたことで外国の視聴者にも知られている。

 この映画では、若き消防士アレクセイが原発事故現場の復旧作業班のボランティアとなる。友人の技師ワレリーと潜水士ボリスも彼とともに恐ろしい事故の中心地に向かう。

 「我々の物語は、文字通りチェルノブイリ原発事故の復旧作業を描くものではない。どのような要因が重なって1986年の悲劇が起こったのかを検証する試みでもない。家族、英雄、子供、彼らの関係、彼らの人生の変化、彼らがそれを乗り越えていく様を描いている」とコズロフスキーはフォーブスのインタビューで語っている。「事故が彼らの日常にどう割り込み、生活をどのように変え、彼らがそれにどう向き合うか、どのように困難を乗り越え、またどのようにその重圧に屈してしまうか、彼らが史上最悪の産業事故の一つに直面しながらどのように各自の能力を発揮するかを描いている。我々にとっては、これはいかなる政治的ないしその他の側面よりも根本的なテーマだ」。

 映画はモスクワ、ハンガリー、クロアチアで撮影されたが、主な撮影場所となったのは外観がチェルノブイリと瓜二つのクルスク原子力発電所だ。

3.『パリマ』(“Пальма”)

 時は1977年。イーゴリ・ポリスキーは飛行機で外国に発とうとするが、パリマという名のシェパードを連れて行くことを禁じられる。犬に医師の診断書がなかったためだ。滑走路に捨てられた犬は、空港を住処にして毎日やって来る飛行機を出迎える。主人がいつか戻って来ることを願いながら。

 パリマの物語は、1970年代にソ連全土を感動させた実話に基づいている。何千人もの人が手紙を書き、電報を打ち、ヴヌコヴォ空港に置き去りにされた犬を引き取りたいと申し出た。結局、長年誰も信用しなかったシェパードは、キエフに住む教育大学准教授のヴェーラ・コトリャレフスカヤの一家に迎えられることになる。 

 パリマの物語は有名な忠犬ハチ公の話によく似ているため、日本向けに映画の拡大版が作られた。秋田県でロシアと日本の役者が撮った追加シーンを含むこの拡大版は、『秋田とパリマの物語』(“История Акиты и Пальмы”)と名付けられる予定だ。

4.『パイロット』(“Лётчик”)

 1941年冬、ニコライ・コムレフの乗った飛行機が森の上空で撃墜される。パイロットは無事だったが、さらに過酷な試練が彼を待ち受けていた。自陣に戻るため、彼は飢えと寒さを凌ぎ、狼の群れやドイツ軍の部隊から逃れなければならない。

 コムレフの物語は、パイロットのアレクセイ・マレシエフの身に起こった実際の出来事によく似ている。1942年4月に撃ち落とされた彼は、18日間、太陽の位置を頼りに森や沼を抜けて人里に至り、そこで保護される。その後両脚を切断しながらも、マレシエフは空軍に復帰して終戦まで戦い抜いた。

 「映画は疑いなくアレクセイ・マレシエフの功績と結び付いているが、これは集合的な像でもある。同じような経験をした兵士が、ソ連軍だけでも8人はいたからだ」とレナト・ダヴレチヤロフ監督は話す

 監督によれば、『パイロット』の制作に当たって最も重要だったのが、極限状態に置かれた人間の運命を調べることだったという。「独ソ戦は国民にとって神聖なものだ。先の大戦に対する神聖かつデリケートな姿勢は今後も長らく残っていくだろう。それほど恐ろしい戦争だったのだ。このような姿勢が消えてなくなるとは全く思えない。芸術的な探求にとっては、人間の運命を調べる機会そのものが常に重要だ」とダヴレチヤロフ監督は考えている

5.『世界チャンピオン』(“Чемпион мира”)

 1978年、史上最も話題を呼んだチェスの対局の一つがフィリピンで行われた。世界チャンピオンの称号を賭けて、当時このタイトルを有していたソ連の名人、アナトリー・カルポフと、挑戦者のヴィクトル・コルチノイが対決したのだ。この対戦が話題となったのは、この2年前にコルチノイがソ連からオランダへ政治亡命していたからである。多くの人にとって、この対局は社会主義陣営と西側諸国の相克を体現していた。

 コルチノイとカルポフの対局は波乱に満ちていた。挑戦者はソ連の棋士との握手を拒み、対局中サングラスを外さず、インターナショナル(フィンランド側が誤ってソ連国家の代わりに流した)の演奏中もわざと起立しなかった。おまけに、彼は最前列に座っていたソ連の心理学者ズハリを移動させるよう要求した。コルチノイの言い分は、対局中彼がずっと自分のことを見てくるというものだった。

 この緊迫の対局を描いた映画『世界チャンピオン』の撮影は、コロナウイルスの流行に伴って何度か中断・延期された。公開は2021年末となる予定だ。「我々はチェス映画の歴史に新たな一ページを開く」とアレクセイ・シドロフ監督は考えている。   

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