ロシアの皇室ロマノフ家とイギリス王室の縁戚関係は?

ニコライ2世とエリザベス2世

ニコライ2世とエリザベス2世

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 ジョージ5世とニコライ2世は従兄弟同士だ。二人の母は姉妹だったから。しかし、両王室の縁戚関係はそれだけではなかった。ウィンザー家とロマノフ家の関係を詳しく見ていこう。

 1917年にイギリス国王ジョージ5世(1865~1936)は、2人の従兄弟、つまりドイツ皇帝ヴィルヘルム2世(1859~1941)とロシア皇帝ニコライ2世(1868~1918)との絶縁を決めた。

 ジョージ5世の従弟ニコライ2世が、1917年の二月革命で退位を強いられた後、英国政府はニコライ2世とその家族に対して、同国への政治亡命を申し出たが、ジョージ5世は、ロマノフ家の受け入れは不適切だと考え、この決定に反対した。

 ニコライ2世とその家族がボリシェヴィキによって殺害された後、ジョージ5世は日記にこう記している。

 「これは卑劣な殺人だった。私はニッキー(ニコライの愛称)に傾倒していた。彼はとても親切で、骨の髄まで紳士であり、祖国とその国民を愛していた」

マリア・フョードロヴナとロシア大公ニコライ・ニコラエヴィチは戦艦「マールバラ」の船上でロシアを去る。ヤルタ、1919年4月8日

 しかし、72歳のマリア・フョードロヴナ(1847~1928)を救助するために、英国の戦艦がクリミアに送られたのは、ようやくその2年後のことだ。彼女は、ニコライ2世の母親であり、ジョージ5世の叔母だった。

サクス=コバーグ=ゴータ(ザクセン=コーブルク=ゴータ)家とロマノフ家

ジョージ5世、1910年

 ジョージ5世は、サクス=コバーグ=ゴータ家に属している。同家が英国の王位に就いたのは、1901年、彼の父エドワード7世(1841~1910)が即位したときだ。エドワード7世は、ヴィクトリア女王(1819~1901)と夫アルバート(サクス=コバーグ=ゴータ家)(1819~1861)の息子。

 しかし、1917年7月17日、第一次世界大戦中にジョージ5世は、英国王室の名称をドイツ風のサクス=コバーグ=ゴータからウィンザーに変えた(王宮のあるウィンザー城にちなむ)。

 これは、第一次世界大戦中の英国における反ドイツ感情に触発されたものだ。そのせいで、英国王の親戚が有していたドイツ風の称号は放棄された。代わりにジョージ5世は、男性の親戚のためにドイツ風称号の英国版を考案した。

 さて、サクス=コバーグ=ゴータ(ザクセン=コーブルク=ゴータ)家と、末期のロマノフ家は、二人の人物を通じて親戚関係を結んでいた。

ヴィクトリア女王、1882年

 まず一人目は、ヴィクトリア女王、いわゆる「ヨーロッパの祖母」だ。ニコライ2世の妻アレクサンドラ・フョードロヴナ(1872~1918)は、ヴィクトリアの孫娘だった。

マリア・フョードロヴナ

 二人目は、前に述べたマリア・フョードロヴナだ。彼女は、ロシア皇帝ニコライ2世の母であり、アレクサンドル3世の妻だが、アレクサンドラ・オブ・デンマーク(1844~1925)の妹。

 アレクサンドラ・オブ・デンマークは、ジョージ5世の母である。この姉妹の父はデンマーク国王クリスチャン9世(1818~1906)。だから、このデンマーク王は、ニコライ2世とジョージ5世のいずれにとっても祖父になる。

ザクセン=コーブルク=ザールフェルト家とロマノフ家

アンナ・フョードロヴナ

 ザクセン=コーブルク家とロマノフ朝の血統は、これより以前にも交わっていた。ザクセン=コーブルク=ザールフェルト家のユリアーネ(1781~1860)は、ロシアのコンスタンチン・パーヴロヴィチ大公(1779~1831)の妻だ。大公はロシア皇帝アレクサンドル1世(1777~1825)の弟。大公に嫁いだユリアーネは、大公妃アンナ・フョードロヴナとなった。

 コンスタンチン・パーヴロヴィチ大公とアンナ・フョードロヴナ大公妃の結婚生活は長続きせず、子供もできなかった。

 しかし、この結婚が縁になり、アンナ・フョードロヴナの弟で将来ベルギー王となるレオポルド(1790~1865)は、ロシア軍に所属し、ナポレオン戦争を戦った。

 もう一つ、記憶すべきことがある。アンナ・フョードロヴナの姉アントイネッテ(1779~1824)が、ロシア皇帝のアレクサンドル1世とニコライ1世(1796~1855)の叔母にあたることだ。なぜなら、彼女は、ヴュルテンベルク公子アレクサンダー(1771~1833)と結婚したからである。

 アレクサンダーは、マリア・フョードロヴナ(ゾフィー・ドロテア・フォン・ヴュルテンベルク、1759~1828)の弟である。そしてマリア・フョードロヴナは、ロシア皇帝パーヴェル1世(1754~1801)の皇后であり、アレクサンドル1世とニコライ1世の母だ。

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