スターリンの趣味は何だったか

Fedor Kislov/MAMM/MDF; Legion Media; Pixabay
 彼はポケットビリヤードを愛し、しかも罰ゲームとして敗者をテーブルの下に潜り込ませていた。

 ヨシフ・スターリンは、ソ連史で最も評価が割れる人物の一人で、彼を称賛する人もいれば忌み嫌う人もいる。彼は独ソ戦の戦局を変えた国家指導者であり、同時に無数の自国民の命を奪った責任者でもある。

 彼をどう評価するかは個人の自由だが、彼の人生がその後の国の運命に長期的な影響を与えたことを否定する人はいないだろう。ところで、彼の私生活について我々は何を知っているだろうか。今なお論争を呼ぶこの人物は、余暇をどのように過ごしたのだろうか。

1. 読書

 ヨシフ・スターリンは両親の影響で幼い頃から読書好きであり、この趣味は終生続いた。彼は4万冊の本を所有していたといい、うち1万冊は彼の主要なダーチャであったモスクワ郊外の「クンツェヴォ」(または「ブリージニヤ・ダーチャ」)に所蔵していた。彼は読むのが速く、しばしば余白に多くのメモを残した。十代の頃には詩も書いたが、キャリアを積むにつれ、詩を嗜む時間はなくなっていった。

2. 映画

 スターリンは時に仕事から離れ、ボリショイ劇場を訪れてオペラを鑑賞したり、クレムリンの私設映画館で映画を見たりして休息を取った。スターリンは大の映画好きで、しばしば個人試写会に党の同僚を招き、まるでソビエト映画界への外国映画の配給者のようにふるまった(だが、外国映画が彼の部屋から外に出ることはほとんどなかった)。独裁者自身、映画界の有力者を任命・解任したり、「重要」な映画の制作に個人的に立ち会ったり、台本を読んだり、全映像を確認したりしていた。

 彼のお気に入りのソ連映画は、グリゴリー・アレクサンドロフ監督のミュージカル・コメディー『ヴォルガ・ヴォルガ』(1938年)だったと言われる。これは、素人演芸コンテストに参加するためモスクワへ向かうアマチュア役者集団の物語だ。スターリンはすべての台詞と曲を暗記していたという。

3. 美食

 スターリンはまた、数人で集まって、主にヨーロッパ、ロシア、ジョージア(グルジア)のさまざまな料理を囲むのを大変好んだ。たいていビュッフェ形式のディナーで、自家製パン、飲み物、スターター、サラダ、スープ、メイン料理が振る舞われた。使用人は食事を出すと部屋を去り、スターリンと客人らは誰にも邪魔されず好きなものを好きなだけ食べた。こうしたディナーは6時間以上続くこともあった

 スターリンは、自身の邸宅に3人のシェフを雇い、必要に応じてクレムリンにもう一人のシェフを置いていたという。缶詰料理は一切受け付けず、邸宅には魚の生け簀があった。個人用ワイナリーまであったほどだ。自分で料理をすることもあり、シャシリクが得意だった。

4. いたずらと酒合戦

 同時代人の多くが回想しているように、スターリンは奇妙なユーモア・センスの持ち主だった。彼のジョークは時に極めて乱暴で侮辱的だった。また彼は、隙あらばいたずらをし、客や同僚、家事使用人をからかった。例えば、国政のことを忘れるため、ボディーガードに話しかけ、外の気温は何度だと思うかと尋ねた。ボディーガードとスターリンはそれぞれの予想を言い、それから実際の気温を確かめに行った。そして大きな晩餐会では、客に気温を予想させ、外した客には、正解の気温との差だけ(例えば5℃外せば5杯)ウォッカを飲ませた。

5. ポケットビリヤードと「ゴロトキ」

スターリンがゴロトキをやっている。

 スターリンのお気に入りの遊びの一つがポケットビリヤードだった。彼はギャンブル好きで勝負強く、人が彼に気を使ってわざと負けるのは嫌いだった。独特の伝統もあり、敗者はビリヤードテーブルの下に潜り込まなければならなかった。かのニキータ・フルシチョフもこの罰ゲームをしばしばさせられていた。

 彼が大いに楽しんだもう一つのゲームが「ゴロトキ」だ。これは、棒を投げて木製の「町」を倒すゲームである(「ゴロトキ」は「小さな町」の意)。有名な航空機設計者のセルゲイ・イリューシンの回想録によれば、彼はある会議のためスターリンの邸宅に招かれた。会議が行き詰った時、指導者は皆を休憩に誘ったという。「スターリンは何も言わずに耳を傾けていた。そうして一時間ほど経った。すぐには結論が出ないと悟ると、彼は議論を止め、『代わりにゴロトキをやろう』と提案した。皆喜んで同意した。およそ4時間、ゴロトキ用のコートで皆大いに盛り上がった。スターリンは日頃から熱心に遊んでいるようで、巧みに標的を倒し、敗者をからかった。」

6. 屋外での仕事と家庭菜園

ヨシフ・スターリン、セルゲイ・キーロフ、スターリンの娘スヴェトラーナ・アリルーエワ

 またスターリンは、屋外で時間を過ごすことも多かった。冬はテラスで、夏は公園で寛いだ。平穏と静寂の中で、彼は日々の仕事をこなした。政令に署名をしたり、処刑者リストを確認したり……。

 さらに、彼は家庭菜園の管理にも活発に関与した。どこに花壇や小道を敷設すべきか指示し、最新の農業ニュースをチェックし、さまざまな野菜や果実の栽培を試した。例えば1948年秋、モスクワのいくつかの店舗がスイカを売り始めたが、なんとそれはスターリンの菜園で採れたものだった。その年には8トンもの収穫があったという)。

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