ソ連時代の有名なスローガンのひとつに「キッチン奴隷」からの解放というものがあった。そして、人々は食堂、カフェやレストランで、大人数で整然と食事をとるようになった。そして、もちろんソ連にも「ファストフード」はあった。彼らは一体どんなものをファストフードとして食べていたのだろうか?
これはクリミア・タタール料理でもっとも有名な、挽肉が中に入っている揚げパイである。砂浜に行く途中にチェブレキが売られている黒海沿岸のリゾート地の発展ととともに、ソ連でも広く知られるようになった。その後、いわゆる、「チェブレーチナヤ」と呼ばれるカフェが全国で見られるようになった。このカフェでは、肉入りパイだけでなく、チーズやハーブの入ったものを食べながらコーヒー(もしくはもっと強いものも)が飲めたのである。
*チェブレキのレシピはこちらからどうぞ。
1957年にスハレフスカヤ広場にチェブレーチナヤ「ドゥルジバ」がオープンしたが、このカフェは今でもモスクワで営業している。そこに来る客は懐かしい雰囲気ともちろんお目当てのチェブレキを楽しみにしている。黒海沿岸のリゾートでは今でも人気のストリートフードである。
ペテルブルグ(サンクトペテルブルク)の人々はこれを「プィシキ」と呼び、この専門店を「プィシチナヤ」と言う。一方、モスクワでは、「ポンチキ」と呼ばれ、ポンチキを出すカフェは「ポンチコヴァヤ」となる。これらの2つのドーナツはまったく別物だと彼らは言うが、この話題は常に議論の的になる。
しかし、少なくともソ連のドーナツは、真ん中に穴が開いている生地をただ揚げて砂糖をまぶしたアメリカのドーナツとはかなり違うことは間違いない。3〜4個食べればお腹がいっぱいになる。
*もっと読む:死ぬほどおいしいドーナツ:ロシアのカッテージチーズ「ポンチキ」
サンクトペテルブルクではプィシキは今でも地元で人気の食べ物で、多くのプィシチナヤがあり、ソ連伝統の味を楽しめる。
モスクワの「ポンチコヴァヤ」はソコーリニキと全ロシア博覧センターの公園に残っている。
また、タタール共和国やバシコルトスタン共和国には「バウルサク」と呼ばれる伝統的ドーナツがある。
ソ連時代、屋台のアイスクリームは大変人気で公園内だけでなく、百貨店の中でも売られていた。モスクワ最大の百貨店グムに、ワッフルコーンに入った特製アイスクリームを買うだけのために入る人も多くいたほどである。アイスクリームは真冬であっても1年中販売されており、いつでも大人気だった。
今では、大都市では、現代的なアイスクリームの屋台が出ており、数は少ないが、数多くの種類のアイスクリームが売られている。
ソ連では夏になるとどの公園でも綿あめが売られる。子どもにとって綿あめは一番お気に入りの(そして安い)お菓子だった。材料となるのは砂糖と色付け用のシロップだけである。色の種類は白、青、ピンク、黄色、緑だ。
しかし、現在は綿あめはあまり食べられなくなった。
串に刺して焼いた肉はカフカス地方の伝統料理で、ソ連時代の週末には欠かせないものであった。ソ連の人々は単純に屋外でのバーベキューパーティーが大好きだった。シャシリクは自分でつくるだけでなく、バルト海沿岸の国々から極東まで、もっとも人気のあるストリートフードのひとつであった。しかし、当然のことだが、一番おいしいシャシリクはカフカス地方で食べるものだ。
*もっと読む:ソ連の人々は、どんな風に屋外のバーベキューを楽しんでいたのか(写真特集)
ロシアの民族料理-ピロシキ(イースト発酵させた舟形の生地に異なる餡を詰めて焼くか、揚げたもの―市場、鉄道駅の屋台で売られたり、「ピロシコヴァヤ」と呼ばれる専門のカフェで味わえる。この店の中には背の高いテーブルが置かれていて、立ったまま食べる。ピロシキは10種類以上から選べ、熱いお茶を一緒に楽しむ。このようなカフェでピロシキをテイクアウトして歩きながら食べるのも良い。
*もっと読む:ピロシキ:ロシア式ピクニックにぴったりなほっぺが落ちそうなフルーツ入りパイ(レシピ)
単一種類のメニューしかないファストフード・カフェはもうひとつあって、それが「ペリメンナヤ」だ。ソ連時代は、ここはとても安く食べられるところで、ペリメニ(ダンプリング)も一種類しかないところが多かった。ウラル地方に行くと、様々な肉入りのペリメニに加えて、魚のペリメニも見ることができる。そして通常はサワークリームかマヨネーズをつけて食べる。このファストフードは今ではモールの中やグルメな通りでも楽しむ事が出来るが、それらはまるで現代的なおしゃれカフェのようだ。
*もっと読む:理想的なシベリア風ペリメニの作り方(レシピ)
ソ連の軽食と言えば、まずはブッターブロートである。これはドイツ語由来で「サンドイッチ」と訳されるものである。しかし、見た目は少し違う。本質的には、ただ、バターをつけたロシアパンの上に、ソーセージ、チーズ、キュウリまたはイクラなどを乗せ、一緒に食べるオープンサンドである。
サンドイッチは通常家庭でつくられる。しかし、軽い食事として食べたいという時には、ファストフード・カフェに行けば必ずある。ソ連時代には、大都市には自動販売機が置いてあるカフェがあり、サンドイッチを買うことができた。今ではこのような形ではもはや売られていないが、カフェの中にはソ連時代のサンドイッチをメニューに載せているところがある。代わりにヨーロッパ風のサンドイッチはあちこちで見ることができる。
公園に行けば、自動販売機でいろいろなソフトドリンクが売られている。綿あめやアイスクリームを食べると喉が渇くからである。そして、通常、炭酸水かシロップ入り炭酸水かの選択になる。普通はみんな自動販売機に備えつけてあるコップを、水でゆすいで、順番に使うのである!
今ではこのような自動販売機は美術館などにしか残っていない。
*もっと読む:ソ連でコーラやペプシの代わりに飲まれていた炭酸飲料(写真特集)
「ブリンナヤ」、もしくは、パンケーキ・カフェは、ソ連では「チェブレーチナヤ」や「ポンチコヴァヤ」ほどは一般的ではなかった。そこでは、ブリヌィ(パンケーキ)にバター、サワークリーム、ジャム、コンデンスミルク、肉などと一緒に食べる。しかし、たとえば、キャビアをパンケーキに付けて出す店は少ない。今では、パンケーキの屋台はどのショッピングモールに行っても見ることができる。
ロシア・ビヨンドのニュースレター
の配信を申し込む
今週のベストストーリーを直接受信します。