ドストエフスキー『白夜』の映画版の今昔:サンクトと白夜がなくてもロマンティック!

Robert Bresson/Albina Productions, 1971
 イタリアのネオレアリズモの名匠ルキノ・ヴィスコンティから、韓国の評論家・監督のチョン・ソンイル(鄭聖一)にいたるまで、世界の映画製作者たちは、フョードル・ドストエフスキーの初期短編『白夜』(1848年)を取り上げ、原作からやや離れたり設定を変えたりしつつも、その本質を再現してきた。

 毎年6月後半に、サンクトペテルブルクでよく知られた自然現象の一つが起きる。真夜中近くに陽光が照る「白夜」だ。文豪フョードル・ドストエフスキーは、2021年に生誕200周年を迎えるが、彼の愛読者たちは、この都市で夏の夜の散策を楽しむ。夜間もほんの一瞬をのぞいて、街に日光が差し込んでいる。

 運河や川沿いの遊歩道を散歩していると、ドストエフスキーの愛読者は、「ひょっとしてこの建物は、1840年代に文豪がこの通りを歩いたときと同じものかな?」と思うことがあるだろう。短編小説『白夜』の無名の語り手「わたし」は、ロシア帝国の全盛期からあまり変わっていない街角を読者に案内してくれる。

 ナイーヴな青年と、彼がサンクトペテルブルクの路上で出会った女性への愛の物語は、いくつもの言語に翻訳され、何人かの映画監督を感動させてきた。彼らは、ドストエフスキー作品を独自に解釈し、映像化した。

リヴォルノでの愛と憧れ、1957年

 1957年、イタリアのネオレアリズモの創始者の一人、ルキノ・ヴィスコンティは、『白夜』(Le notti bianche)を製作。イタリア・フランス合作映画で、古典的名作となった。

 19世紀半ばのサンクトペテルブルクの代わりに、映画の舞台は、トスカーナ州の都市リヴォルノとなっている。一人称の語りはない。観客の前には、レジェンド、マルチェロ・マストロヤンニが演じるマリオと、オーストリアのスター、マリア・シェルが演じるナタリアが現れる。

 マリオは、原作の語り手よりかなり年上に見え、ナタリアは、オリジナルのナスチェンカほどナイーヴではない。ローマの映画撮影所「チネチッタ」で撮影されている。

 ヴィスコンティの演出による、ドストエフスキーの『罪と罰』の舞台化がイタリアで好評を博したこともあり、彼は、映画と劇場のセットの組み合わせを望んでいた。彼は、スタジオでの撮影中に表現主義的な照明とステージ効果を用いた。 

 「映画でヴィスコンティは、形式上の諸要素を見事にバランスさせている。すなわち、照明、モンタージュ、カメラワーク、衣装、特殊効果、セットデザイン等々。それは、男女の主役間に生じるメロドラマ的だが複雑な緊張を強調するためだ」。イタリアのブレンダン・ヘンネッシ教授は、2011年1月のジョンズ・ホプキンス大学の学術雑誌「Modern Language Notes」にこう記している。この映画は、1957年の第18回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞した。

西ドイツのテレビドラマ、1971年

ウィルヘルム・センメルロス

 ヴィスコンティの映画が世界中で人気を博してから7年後、西ドイツのジャーナリスト出身の映画監督、ウィルヘルム・センメルロスは、原作の短編をもっと厳密に踏まえて、より本格的なバージョンをつくろうとした。ちなみに彼は、アルフレッド・ヒッチコックのように、自作映画に出演することで知られていた。

 センメルロスは、WDR(西ドイツ放送ケルン局)の特別製作で、『白夜』(Helle Nächte)を監督した。彼は、ウィリアム・シェイクスピアとトーマス・ウルフの作品のテレビ映画化を行っているが、あまり有名でない俳優と仕事することを好んだ。

 この映画の語り手「わたし」は、フョードルという名だ。ドストエフスキーのこの物語が自伝的だと仮定してのことである。ナスチェンカの恋人は、オリジナルの短編ではキーパーソンではあるもののほとんど登場しないチョイ役だが、この映画ではもっと重要だ。

 75分の白黒映画は、1971年7月にWDRで放送され、批評家に称賛されたが、ドイツ国外で放映されることはなかった。残念ながら、この映画は失われてしまったようで、WDRの職員は、連絡を受けてコピーを求められたときに、「どうしようもない」と言って謝絶している。しかし映画は、冷戦のピーク時に西ドイツがロシア文化を理解しようとした稀な試みの一つとして目立っている。

 2017年のドイツ映画に、同名の受賞歴のあるものがあるが、これはドストエフスキーの短編に基づいているわけではない。 

 

『白夜』(Quatre nuits d’un rêveur〈夢想家の四夜〉)、1971年

 フランスの映画監督、ロベール・ブレッソンは、虚飾を排した簡潔な作風で知られる。その彼が1971年に『白夜』(Quatre nuits d’un rêveur〈空想家の四夜〉)を撮った。

 ブレッソンによる、ドストエフスキーの短編の映画版は、主にパリを舞台にしている。ブレッソンは主にプロではない俳優を用いるのが常で、ここでの語り手、ジャックは、ギョーム・デ・フォレが演じている。このパリっ子の演技は非常にしっかりしている。また、有名な女優、モデル、写真家のイザベル・ヴェンガルテンが、ナスチェンカのフランス版、マルテを演じる。

 原作の語り手がもし1970年代初めの夢のようなパリにいたとしたら、おそらく自由奔放なジャックのようだっただろう。

 アーティストと、母親といっしょに暮らす孤独な女性(祖母と暮らすナスチェンカとは違って)とのロマンスは、街の夜のシーケンスを通して美しく描かれている。

 語り手とナスチェンカがともに過ごす時は、パリの街路、遊歩道、橋を歩むマルテとジャックにおいてもよく描かれている。そこは、愛の街の幻想的な光と色彩に溢れている。

 映画は、1971年の第21回ベルリン国際映画祭で上映された。

                                              

ポーランド人の監督によるブラジル版、1973年

 ドストエフスキーの『白夜』は、ブラジル人のためにポルトガル語での映画化がなされており、それは、ポーランド生まれのズビグニュー・ジエムビンスキの発案によるものだった。彼は、ホロコーストを逃れてブラジルに移住したユダヤ系ポーランド人の難民だ。1941年にリオデジャネイロにたどり着いたとき、彼はポルトガル語を話さなかったが、それから10年経つころには、主要な劇場の監督になっていた。そしてその後の30年にわたり、彼は輝かしい経歴を続けた。

 1973年に彼は、テレビ映画『白夜』(Noites Brancas)を製作し、ブラジル全国で放映された。語り手「わたし」は、ブラジルの伝説的俳優、フランシスコ・クオコが、ヒロインはニヴェア・マリアが演じた。彼女はブラジルではメロドラマ女優としてすごく有名だ。ヒロインの恋人は、クラウディオ・カヴァルカンティが演じたが、彼は、作家、歌手、プロデューサーを兼ねる才人だ。

 西ドイツのテレビ版と同じく、この映画はドストエスキーの原作に近いが、映画の完全版の視聴は困難だ。ちなみに、ポルトガル語がイタリア語に近いこともあり、ヴィスコンティの映画のほうが、このローカルバージョンよりもブラジルで人気を得た。

韓国の『カフェノワール』、2009年

 アジアでも何人か映画監督がドストエフスキーのこの物語を映画化しており、とくにヒンディー語で多数製作されている。ただ、アジアの映画のほとんどが、ヴィスコンティとブレッソンが行ったように話をローカライズしている。

 韓国のチョン・ソンイル(鄭聖一)のデビュー作は『カフェノワール』。これは二部構成で、ゲーテの 『若きウェルテルの悲しみ』とドストエフスキーの『白夜』をとり入れている。彼は、監督になる以前から、韓国ではよく知られた映画批評家だった。

 二部構成の第二部が『白夜』に基づいていて、主人公の音楽教師、ヨンスが、ソンファ(チョン・ユミが演じる)と、たまたま橋のそばで出会う。筋はだいたいドストエフスキーの原作に沿っている。主人公が惚れ込んだ女性は、彼女のとらえどころのなかった恋人の腕の中に嬉々として飛び込む。そして、主人公の思いは悲恋に終わる。

 この映画では、若い主人公は二度失恋する(第一部でも、同様の悲しい結末にいたっている)。 第二部の方が、話がうまくまとまっていて、これはドストエフスキーの原作の手柄だろう。

 2009年に公開されたこの映画は、香港、ヴェネツィア、コペンハーゲン、ロサンゼルスなど、アジアと欧米のいくつかの映画祭で上映された。その成功は、韓国映画の台頭と韓国文化の国際的な人気の高まりを反映しているだろう。

 ドストエフスキーは、1840年代にこの物語を書いたとき、それが地球の隅々まで伝わり、広がるとは到底想像できなかったろう。

 それに、『白夜』は常に、典型的なサンクトペテルブルクの物語と思われてきたが、しかしその一方で、世界のどの地域の読者も、「わたし」とナスチェンカに共感し、追体験しないわけにはいかない。この物語の中の喜び、憧れ、情熱、執着、悲しみ、不安、至福、そして失恋はすべて、どんな人でも、人生の中でいつか直面するものだ。

 世界中の、ロシアに親近感をもつ人にとって、6月後半は、いつでも白夜を連想させてきた。そして白夜は、自然現象であり、ドストエフスキーの物語でもある。

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