2021年カンヌ映画祭で見るべきロシア映画6選

Aleksei German Jr./Меtrafilms, 2020, AFP
 今年のカンヌ映画祭(7月6日〜17日)では、魅力あるロシア映画が数多く参加する。この中には最高賞であるパルム・ドールを競うものもあり、受賞争いとは別の場で上映されるものもある。

 カンヌ映画祭で、ロシア映画が「コンペティション部門」と「ある視点部門」の2つの主要部門に参加し、受賞を競う。中でも3編の作品はロシア映画界の新進気鋭の監督によって撮られたものである。

カンヌ映画祭の最高賞「パルム・ドール」

 「ロシア人映画監督によって撮られた作品が3作もカンヌ映画祭でプレミア上映されることはとても喜ばしいことだ」。世界的に有名なロシア映画の専門家であり、25年にわたってカンヌ映画祭のアドバイザーをつとめているジョエル・シャプロン氏は語る。「これは、アンドレイ・ズヴャギンツェフ監督の『ヴェラの祈り』、アレクサンドル・ソクーロフ監督の『チェチェンへ アレクサンドラの旅』、アンドレイ・ネクラーソフ監督の「『反逆 リトヴィネンコ事件』の3作品がカンヌ映画祭で上映された2007年以来のことだ」。

 シャプロン氏は、「今年の映画祭で紹介されるこれらのロシア映画はロシアの現代社会をよく描きだしたものだ」とも指摘している。

1.「Petrov’s Flu (ペトロフのインフルエンザ)」

 トルストイ曰く、幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。しかし、彼らの不幸はファンタジー溢れる妄想の旅である。

 ペトロフは自動車整備士で、図書館司書の元妻がいる。2人は離婚したのだが、今も、小学校に通う息子と3人で一緒に暮らしている。まもなく30歳になるペトロフは、職場からの帰りにトロリーバスに乗っていて、熱っぽさを感じた。そしてしばらくすると、彼は霊柩車…(!)の中で、偶然知り合った人とウォッカをしこたま飲んでいるのだった。そして今度は哲学の教授と飲み続ける。何杯も酒を飲み干した後、彼はようやく家に帰る。そこでは、前妻と息子が待っていたが、みんなインフルエンザに罹ってダウンしていた。そしてそれは全員にとって人生を変える出来事となる。

 ロシアの有名な舞台監督であり、映画監督でもあるキリル・セレブレニコフが撮ったこの映画は、第74回カンヌ映画祭でパルム・ドール賞候補として上映される。「Petrov’s Flu」の中で、セレブレニコフは、まるで、サーカスの曲芸師が炎を飲み込みながら、竹馬にのって歩き回るかのように、巧みにさまざまなジャンルを取り入れている。この映画は現実と想像の世界をミックスしたもので、演じているのはセミョーン・セルジン、チュルパン・ハマートワ、ユリヤ・ペレシルド、ユーリー・コロコルニコフ(「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズに出演)である。

 「Petrov’s Flu」は、2016年に出版され、数々の賞を受賞したアレクセイ・サルニコフによる小説「The Petrovs In and Around the Flu」が原作となっている。

 「これは、共感を通じて母国を表現し、また自分の子供時代、怖れ、喜び、愛、憎しみ、怒り、慈愛、寂しさ、夢を描こうとした作品である。また作品を官能や愛に満ちたものにしたかった。誠実で率直な作品になったと思う」と監督は語っている。

 カンヌ映画祭でセレブレニコフ監督の作品がプレミア上映されるのはこれが3作目。ロックバンドを描いた青春映画「LETO -レト-」は2018年のパルム・ドールにノミネートされたほか、「The Student」は2016年の「ある視点部門」で上映された。

2.「Compartment No. 6 (コンパートメント6号)」

 一人のフィンランドの女学生がモスクワからムールマンスク行きの列車に乗る。それは彼女に異常な好意を抱く男性から逃れる旅であった。そしてそれは運命の定めだったのか、彼女は列車のコンパートメントでひとりの暗い鉱夫と相部屋になる。この望まぬ状況は、意外なことに、お互いにとって寂しさを慰めるものとなる。

 「Compartment No. 6」は、フィンランドードイツーエストニアーロシア協同で制作された。この作品には、ベテランプロデューサーのセルゲイ・セリャノフ(「ロシアンブラザー」や「ロシアンブラザー2」)に加え、伝記映画「ミハイル・カラシニコフ」で主役を演じたユーリー・ボリソフやロシアの錚々たるプロデューサー、脚本家、俳優が参加している。監督は、2016年のカンヌ映画祭「ある視点部門」で受賞した「オリ・マキの人生で最も幸せな日」でデビューしたユホ・クオスマネンである。

 クオスマネンはこのロシア語作品を、サンクトペテルブルク、モスクワ、ムルマンスク、ペトロザヴォーツク及び、アンドレイ・ズヴャギンツェフ監督の「裁かれるは善人のみ」のロケ地であるテリベルカ村で撮影した。 

 「Compartment No. 6」はロシア文化省の協賛のもと制作された。 「この映画が、カンヌ映画祭の主要部門に参加できたことはとても喜ばしい。文化省が協賛した2019年の数少ない共同制作の中から、こうした良い結果を初めて出せたことをとても頼もしく感じる」。オリガ・リュビーモワ文化大臣はこう語っている。 

3. 「House Arrest (自宅軟禁)」

 社会正義の理想と自分自身の生活のために闘う中年の大学教授を主人公にした作品。主人公は、ソーシャルメディアを利用して、地方当局への批判を展開するが、まもなく自宅軟禁されてしまう。そして彼は、自分には勝ち目はないと感じ始める。

 「House Arrest」には、メラブ・ニニッゼ、アンナ・ミハルコワ、ロザ・カイルリーナ、スヴェトラーナ・コドチェンコワ、アレクサンドル・パル、アレクサンドラ・ボルチッチなどが出演している。

 この映画を撮った、アレクセイ・ゲルマン・ジュニア監督は、これまで数多くの映画祭に参加している。彼の作品「宇宙飛行士の医者」はベネツィア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を、「ドヴラートフ レニングラードの作家たち」は2018年ベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を、そして「電気雲の下」は2015年ベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞した。

 「House Arrest」は、カンヌ映画祭の中でも新進気鋭で実験的な作品のための「ある視点部門」賞候補として、ワールド・プレミア上映されることになっている。

 監督は、「この映画は、たった一カ所のロケ地で撮影したという意味でとても実験的なものだ。これでカンヌ映画祭に参加できることはとても誇らしい」と語っている。

 これは、野心に満ちた控えめな作品である。

 「概して、作品は、ゴーゴリ、グリボエードフ、ドストエフスキーなど偉大なロシア文学に対する愛情の証。わたしにとって非常に重要なのは、国家を前にした一国民の敬意や責任というテーマ。主人公は、彼にとって、よりよい未来や正義のために戦っているのである」。

4.「Unclenching the Fists (握りしめた拳を広げる)」

 ザウルは、四六時中子どもをかまう過保護な親で、子どもたちはザウルにかなり熱心に守られて育った。一家は、北オセチアの山岳地帯にあるミズール村に暮らしているが、ザウルの長男アキームは職を求めて、村から一番近い大都市、ロストフ・ナ・ドヌーに逃げ出した。一番下の弟であるダッコはまだ人生について正しい選択をしていなかったが、ひとり娘のアダは自由を求めて父親の束縛からどうしたら逃げられるかを考えていた。

 「この作品を作ろうと思った最初のきっかけは、(ウィリアム・)フォークナーの小説『墓地への侵入者』の『奴隷であることに耐えられる人は稀だが、自由であることに耐えられる人は皆無だ』というキャッチフレーズだった」とコワレンコは言う。彼女の映画は、「ある視点部門」で注目されている作品のひとつである。

 キラは、人間のもっとも暗い闇を描く映画界の巨匠、アレクサンドル・ソクーロフに師事している。彼女のデビュー作は、ファジル・イスカンデルの同名小説を原作とした「Sofichka」で、2016年にタリン・ブラックナイト映画祭で上映された。

 「Unclenching The Fists」のプロデューサー、アレクサンドル・ロドニャンスキーは、これまでに、アンドレイ・ズヴャギンツェフ監督のカンヌ映画祭受賞作品「エレナの惑い」、アカデミー賞ノミネート作品「裁かれるは善人のみ」、「ラブレス」や、カンテミール・バラゴフ監督作品「親密さ」、(2019年カンヌ映画祭で「ある視点」部門で監督賞を受賞した)「ビーンポール」などにも参加している。

 ロドニャンスキー氏は、「Unclenching The Fists」は「人間心理の深い洞察と作者の明快な芸術的才能を融合させた、力強く、期待以上に円熟した作品になった。この映画のユニークさは、北オセチアを舞台にした点でもある。北オセチアは映画撮影の世界では未開の土地であり、最近まで誰にも知られていなかった」と指摘している。 

5.「White Road!(ホワイト・ロード)」

 カルムィクのステップ地帯で行方不明になった母親を見つけ出そうとするひとりの男について描いた神秘的な作品。彼はついに母親を探し出し、2人でこれまで経験したことのないような形而上学的な旅をすることになる。「これは現代の神話で、愛する人だけでなく、自分自身の内面のものを喪失した人なら誰もが理解できるもの」とマンジェーエワ監督は語る

 「White Road!」は、7年もの期間をかけて製作された。マンジェーエワ監督とプロデューサー、エレナ・グリクマン、ヴィクトリア・ルピクはカンヌで追加の制作費を手にして、9月に撮影が予定されている撮影に向け、ついに前進できることを期待している。

 「わたしたちはロシア文化省の援助を得た上に、モンゴル人とフランス人の共同プロデューサーを迎えることができた。いま必要なのは、営業担当と配給元。カンヌ映画祭のシネフォンダシオン・アトリエ部門に参加することでこれらの問題が解決されると思う」とルピックは期待を表している

 映画を製作している人はどの国の人でも、このアトリエ部門に参加することで映画産業のプロフェッショナルとの人脈をつくり、映画製作費を得ることが出来る。およそ15編の長編作品が選ばれて参加し、それらの監督がカンヌ映画祭に招待される。そこで得た新たな人脈を使って映画製作のレベルを上げることが出来るのである。

 しかし、ロシアの作品がこのアトリエ部門に選ばれたのは、15年ぶりのこととなった。

6.「Under the Pillow (クッションの下に)」

 作品は、子どもたちに、「古いソファのクッションの下にある魔法の世界を探検」することを促すマルチフォーマットプロジェクトである。

 「Under the Pillow」では、手作りのおもちゃ「Mormitten」にスポットを当てている。この子ネコのような形をしたおもちゃは、子どもたちの新しい親友になるのである。

 「家族の意味について語る普遍的な映画」で、あらゆる年代の子どもだけでなく、大人も楽しめる。「Under the Pillow」は、英語とロシア語の二か国語で、双方向仮想現実とアニメで提供され、一石二鳥を狙っている。

 アニメファンたちは「Under the Pillow」を、映画産業のプロフェッショナルたちの世界の聖地といえる、カンヌ映画祭のマルシェ・ドゥ・フィルムで観ることが出来る

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