ロシア文学の傑作の映画化10選:あなたのいちばんのお気に入りは?

Sergei Bondarchuk/Mosfilm, 1965
 原作はいつも映画より優れている、と主張する人がいる。一方、映画化は、もはやスリルやチャレンジを与えない作品に新しい息吹を吹き込むのに役立つと言う人もいる。どちらの意見に与するにしても、これら10本の映画は必見だろう。

1.『戦争と平和』(レフ・トルストイ原作、セルゲイ・ボンダルチューク監督、1967年)

 セルゲイ・ボンダルチューク監督の6時間におよぶ最高傑作は、アカデミー賞外国語映画賞(1969年)を獲得した最初のソ連映画になった。また、ゴールデングローブ賞外国語映画賞も受賞している。製作には7年を要し、それまでにソ連で製作された映画の中で最も高額な作品となった。

 トルストイに特徴的な叙述の方法、壮大かつリアルな戦闘シーン、何と言うか実物大の人間よりもさらに大きな感じられる登場人物たち――これらすべてが、この傑作映画で躍動している。テンションの強さと叡智に満ちたこの映画は、1812年の祖国戦争とそれをめぐる出来事を、ロシア貴族の5つの家庭を通して描いている。

 この壮麗な映画は4部に分かれており、戦争と愛という、いずれも等しく重要なドラマを中心に展開していく。魅力的なロシア貴族、ピエール・ベズーホフ伯爵(セルゲイ・ボンダルチュークが自ら演じる)とナターシャ・ロストワ伯爵令嬢(リュドミラ・サヴェーリエワ)に焦点が当たる。

 

2. 『アンナ・カレーニナ』(レフ・トルストイ原作、アレクサンドル・ザルヒ監督、1967年)

 レフ・トルストイは『戦争と平和』を「過去についての作品」と呼んだが、『アンナ・カレーニナ』は、「現代生活についての小説」として書いている。

 そう、この物語はロシア人なら誰でも(少なくとも大人なら)承知しているだろう。人妻アンナ・カレーニナが、美男子の軽騎兵と情熱的な恋に落ちる。このアレクセイ・ヴロンスキー伯爵のために、アンナは人生のすべてを犠牲にすることになる。最愛の息子、高級官僚の夫、そして上流社会における自分の地位、立場を…。

 アンナは(タチアナ・サモイロワが演じる)、期せずして、上流社会の因習と絶縁していく。彼女の生活はあらゆる面で危機に瀕し、やがてもはや失うものは何もない状態に陥り、精神の均衡を失う。彼女の激しい愛には、何か自他を損なうものがあり、ついにはオブセッションに近づき、悲劇は不可避となっていく…。

 映画『アンナ・カレーニナ』は、レフ・トルストイの小説を1967年に映画化したもので、決して見て損はない――抗し難い魅力の美女が主役を演じていること一つをとっても。タチアナ・サモイロワはしばしば、「ロシアのオードリー・ヘプバーン」と呼ばれる。

 サモイロワ演じるヒロイン、アンナは、その苦悩の襞と陰影をすべて浮かび上がらせる。アンナの魂は、燃えるろうそくのように揺らいでいる…。

 

3. 『犬の心臓』(ミハイル・ブルガーコフ原作、ウラジーミル・ボルトコ監督)

 ウラジーミル・ボルトコ監督による1988年製作のこの映画は、ミハイル・ブルガーコフのカフカ的な小説に基づいている。この作品は1925年に書かれたが、日の目を見たのはようやく1987年のこと。ソ連の検閲がイデオロギー上の理由でこの傑作を発禁にしたためだ。

 1920年代半ば、プレオブラジェンスキー教授は、前例のない、ちょっと恐ろしい実験に着手した。野良犬に人間の脳下垂体と睾丸を移植したのだ。すると、その野良犬は、人間風の姿となり、モスクワの7部屋のアパートに住むようになる。この哀れな生き物は、歩いたり、話したり、飲んだり、誓ったりできる、粗暴だが本物の男に変身した。

 教授の実験は、技術的には成功したが、実際には、物事はそれほど簡単ではなかった。一つ確かなことは、ある種の実験は実験にとどめておくのが最善だということだ! 

 

4.『罪と罰』(フョードル・ドストエフスキー原作、レフ・クリジャーノフ監督、1969年)

 ドストエフスキーの古典的名作の映画化(1969年)。ロシア文学の傑作の映画化としては、最も優れたものの一つとみなされており、実際その通りだろう。

 主人公のロディオン・ラスコーリニコフは、精神的な問題を抱え、心を病んでいる。彼は、俳優ゲオルギー・タラトルキンによって、加害者でもあれば犠牲者でもある人物として演じられている。

 なぜラスコーリニコフは、おどおどしながらもあれほど残酷な犯罪を犯したのか?各人各様の正義がある、「俺は震えおののく虫けらか、それとも英雄たちのように死体を踏み越えて進む権利があるか?」。ラスコーリニコフは、このように自分の行動の論理を説明してみるが…。

 いずれにせよ、この映画の観客を釘付けにするのは、捜査の行方ではなく、長くて苦悩に満ちた悔い改めの道だ(そして、これと並行して、捜査官とこの殺人者の間で、途方もない心理的戦いが演じられる)。これらが、この白黒映画で大きなサスペンスを生んでいる。レフ・クリジャーノフ監督は、ドストエフスキーの小説の精神を正確に伝えた。 

 

5.『白痴』(フョードル・ドストエフスキー原作、イワン・プイリエフ監督、1958年)

 フョードル・ドストエフスキーの小説には、不安と恐れにおののき、悲惨な生活に打ちのめされた登場人物がいるのは周知の事実だ。『白痴』では、作者の洞察力により、ムイシュキン公爵(ユーリー・ヤコブレフが演じる)の内面の動きにおいて、人間把握の新たな地平が開かれた。

 1958年、ソ連の映画監督、イワン・プイリエフは、ドストエフスキーのアイコニックな小説の最初の部分だけを映画化した。この映画での最大の課題は、主人公の情熱と緊張を対話とドラマで伝えることだった。

 「ドストエフスキーは、さまざまな問題に我々の注意を向けたが、そのなかには、おそらく最も重要な問題、すなわち金の力も含まれていた。人々はしばしば、お金に対する態度を通して正体を現す」。プイリエフはこう信じた。

 映画の最も劇的なシーンの一つで、ロシア的ファムファタール(運命の女)、ナスターシャ・フィリポヴナは、何と10万ルーブルもの金を火の中に投げ込む。

 この映画は、一部の映画ファンから、あまりに芝居がかっていると批判されたが、それでもドストエフスキーのすべてのファンにとって必見だ。 

 

6.『貴族の巣』(イワン・トゥルゲーネフ原作、アンドレイ・コンチャロフスキー監督)

 中年の地主貴族フョードル・ラヴレツキーが、パリからロシアに帰ってくる。パリでの妻との生活は完全に破綻していた。ラヴレツキーは、10年間祖国を留守にしており、今、彼は、心の傷を親族の領地で癒したいと思っている。

 ラヴレツキーが貴族の令嬢リーザ(イリーナ・クプチェンコが演じる)に出会うと、物語は動き始める。まだ妻のある身のラヴレツキーが、このうら若い令嬢に恋するのだが、果たして二人は結ばれるのだろうか?

 1969年のこの映画は、イワン・トゥルゲーネフの1859年の小説に基づいており、悲しく叙情的な物語だ。それは、感情の脆さと郷愁、夢と犠牲、ロマンティックな衝動と無私の利他主義について語る。

 幸福への道がこれほど険しいとは誰が知ろうか?それは永遠の問いの一つだ。『貴族の巣』は、人間の置かれた立場についての物悲しい観想であり、手近な答えはない。

 

7. 『オブローモフの生涯より』(イワン・ゴンチャロフ原作、ニキータ・ミハルコフ監督、1979年)

 主人公イリヤ・イリイチ・オブローモフの怠惰さは伝説的だ。彼は、ほとんどの時間をソファに寝そべって過ごしている。言ってみれば、彼のベッドは、年中24時間無休の彼のオフィスだ。この地主貴族は、やっと何か行動しようと思い立っても、召使いのザハールを呼びつけて、ベッドで時間を浪費し続ける。

 彼は、自分の財産をちゃんと管理する必要があることは承知しているが、知ることと行うことは別の話だ。オブローモフは、際限のない先延ばしを生来の怠惰で助長する。とはいえ、彼には、当面それでやっていける資力と余裕がある!彼の哲学は単純だ。現状で我慢できるのに、なぜわざわざ改善するのか?

 ニキータ・ミハルコフ監督は、1979年製作のすばらしい映画のなかで、ロシア的怠惰と無為の文化を微細に描き出す。この映画は、イワン・ゴンチャロフの1859年の小説を映像化したもので、オレグ・タバコフとユーリー・ボガトィリョフのコンビの名演に基づいて構築されている。         

 

8.『逃亡(帰郷)』(ミハイル・ブルガーコフ原作、アレクサンドル・アロフ&ウラジーミル・ナウモフ監督、1970年)

 ミハイル・ブルガーコフの戯曲『逃亡』(1927)や小説『白衛軍』(1923)を読んでも、どうも、1920年代の騒然たる世相を実感できない…。そんな人は、この映画を見ると、それと意識せずに、悲しみの大きさと欲求不満の重さを体感させられることになる。

 作家の3番目の妻でありソウルメイトであるエレーナ・ブルガーコワは、この映画のコンサルタントだった。彼女は、監督のデュオが正しい「音符」を見つけ、登場人物たちの心理を捉えるのを助けた。そのなかには、ウラジスラフ・ドヴォルジェツキーによって見事に演じられたフルドフ将軍も含まれている。

 映画『逃亡』が1971年にソ連で初公開されたとき、それはまだ、ロシア内戦と白軍(反ボリシェヴィキ勢力)の崩壊を垣間見せてくれた数少ないソ連映画の一つだった。

 敗北した白軍は、この映画では「ブルジョアの簒奪者たち」としてではなく(以前はしばしばそう描かれていた)、単にありとあらゆる種類のふつうの人々として描かれていた。ただ、彼らの生活は失敗によって荒廃し、その未来は危機に瀕していて、亡命先で生活の困難を乗り越えていくのは至難だ。

 民間人と元将軍、芸術家と技師、政府関係者と成功した実業家…。1917年のロシア革命後、何百万人ものロシア人が祖国から逃亡し、そしてすべてを失った。失ったもののなかには、最も大切で最も切望されるもの――祖国――も含まれていた。映画『逃亡』は、彼らの筆舌に尽くしがたい苦しみの大きさ、深さをよく捉えている。

 

9.『静かなドン』(ミハイル・ショーロホフ原作、セルゲイ・ゲラシモフ監督、1958年)

 『静かなドン』は、映画の方も、古典的な傑作だ。セルゲイ・ゲラシモフ監督による3部構成の映画は、時の試練に耐え、さまざまな批評に耐えて、今なお名作の誉れ高い。

 原作は、ミハイル・ショーロホフの同名の小説だ。1965年、このソ連の有名作家は、この大河小説でノーベル文学賞を受賞した。『静かなドン』は、20世紀ロシア文学の最重要な作品の一つとして称賛されてきた。 

 簡単に言うと、『静かなドン』は、第一次世界大戦とロシア内戦中のドン・コサックの生活を描いた歴史絵巻だ。この物語は、規模と壮大さにおいてトルストイの『戦争と平和』と比較されてきた。

 ショーロホフのリアリズムはまさに天馬空を行く。彼の戦争描写は、まさに血沸き肉躍らせる。この小説は、苦悩、血、恐れ、愛、憎しみにあふれている。そして、映画に原作のドラマ、情熱、苦悩のすべてが再現されているのは、稀なケースだ。

 

10. 『ヴァッサ』(マクシム・ゴーリキー原作、グレーブ・パンフィーロフ監督)

 インナ・チューリコワは、夫であるグレーブ・パンフィーロフ監督の『ヴァッサ』で見事な演技を見せた。原作は、マクシム・ゴーリキーの有名な戯曲『ヴァッサ・ジェレズノワ』だ。

 印象的な演技で名高い、この名女優が、タイトルロール、ヴァッサ・ジェレズノワを演じている。ヴァッサの評判は、周囲に事実以上に広まっている。鉄の女であり、強さ、力、スタミナの権化だというのだが…。

 なるほど、表面的には、商家をとりしきるこの女は、富、家族、地位、コネ、尊敬など、普通の人間が憧れるものすべてを持っている。ところが実は、ヴァッサの夫は勝手気ままで粗暴であり、彼女の兄は、彼女の財産を浪費するろくでなしで、彼女の子供たちは家業を継ぐことに興味がない。さしもの鉄の意志の百万長者にも、心の平安と希望を買う金はない。

 1982年のこの映画では、ヴァッサはこわもて一方のタフな女としてではなく、自他の苦しみを、たとえば慈悲心という形で、生のエネルギーに転化できない人物として描かれている。確かに、それがヴァッサの唯一の弱点だろう。

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