ロシアのジャムの多彩な世界

セルゲイ・キセリョフ撮影/モスクワ通信
 子供のころ遊んだお料理ごっこで、砂のピローグ(パイ)だけでなく、草のジャムを作ったという人は、この7月、ぜひモスクワに立ち寄ってほしい。大量に並んだたった5ドルの野の花やアカシアのジャムの瓶を見れば、誰もがこれはなにかいい買い物ができると確信するに違いない。

 モスクワの中心部で5歳くらいのぽっちゃりした女の子が「ママ、おいしい松の芽、買って!」と涙ながらにねだっている。いや、経済危機の話ではない。ロシア人が松ぼっくりを砂糖で煮て食べるのは貧しいからではなく、それが本当においしいからである。7月15日から8月7日にかけて開かれているヴァレーニエ・フェスティヴァルでは、誰もがこのような一風変わったものを試してみることができる。

ヴァレーニエとはジャムに似たロシアに古くからある甘いものである。その違いは濃度にある。ヴァレーニエはゼリー状ではなく、ベリーや果実が混じったどろっとした液体だ。一般的なのはイチゴ、ラズベリー、ピーチなどのヴァレーニエ。しかしその作り方(シロップ煮の方法)、そして一般的なもの以外の多様なヴァリエーションはそれよりずっと面白い。ナスとナッツ、あるいはベーコンとトウガラシのヴァレーニエなんていうのもある。いわばほぼなんでもありなのだ。

 

ヴァレーニエとともに世界をひと回り

 「ヴァレーニエの樽」という言葉を聞いてロシア人がまず連想するのは「裏切り行為」である。1933年に出版された児童向けの本の中に、マルチーシ・プロヒーシ(悪ガキ少年)という名の卑劣な敵が、ヴァレーニエの入った樽とクッキーの入ったカゴのために主人公を「悪のブルジョア」に引き渡すというエピソードがあるからだ。しかし夏のフェスティヴァルではそんなイメージもどこかへ吹き飛んでしまい、モスクワっ子たちは楽しげに、会場を飾る高さ2メートルもの巨大なヴァレーニエの瓶と並んで写真を撮っている。

 25000本の花、550本の低木、ビッグベンのコピーなど、モスクワの街は賑々しく色鮮やかに飾りつけられた。今年のフェスティヴァルは「世界一周旅行」がテーマとなっていることもあり(モスクワ・ヴァレーニエ・フェスティヴァルは2014年から開催されている)、飾り付けも特別だ。会場ではアマチュアの俳優たちがシェイクスピアの朗読をし、牧夫の衣装をつけたアニメ作家たちがヨーデルに合わせて気だるそうにジャンプし、メキシコ・コーナーでは3Dプリンターでソンブレロを印刷する様子を子どもたちに見せている。

 モスクワの通りで行われるこの甘いもの商売を邪魔するのはスズメバチだけだ。街にはおよそ350の露店が出店されたが、ハチはひとつひとつの露店の軒先をぶんぶん飛び回っている。露店ではジャム以外にオランダ・ワッフルやプレッツェル、お米のアイスクリームなども売られている。とはいえ、やはり胃袋は200種類という数のヴァレーニエを試食するために空けておくべきだろう。ヴァレーニエの値段はひと瓶200〜500ルーブル(約320〜800円)だ。

 ヴァレーニエはロシアの家庭料理には欠かせない一品である。ロシアのサーチエンジン「ヤンデクス」で「ヴァレーニエ レシピ」と入力すると実に2200万もの検索結果が出てくる。しかし料理好きの人の中にはおなじみのヴァレーニエ作りに斬新なアプローチをする人もいる。「分子調理ってご存知?それがわたしの方向性よ」と自慢げに言うのは、このフェスティヴァルにやってきた300人のヴァレーニエ職人のひとり、マリヤさん。またフェスティヴァルに出店した小さな会社「珍しいヴァレーニエのアトリエ」のスタッフは「わたしたちは外国のレシピを借用して、それをロシアの伝統料理に合うようアレンジしています」と話す。

オレグ・スクリプニク撮影オレグ・スクリプニク撮影


どれを試すべきか?

 このフェスティヴァルでイチゴ、ラズベリー、ブルーベリーといったごく普通のヴァレーニエを買うのは正しいとは言えない。そんなヴァレーニエならいつでもお店で、しかももっと安い値段で売られている。しかし珍しい種類のものとなると話は別だ。「ハリー・ポッター」シリーズに登場する「バーティ・ボッツの百味ビーンズ」は耳あか味、キャラメル味、ホウレン草味、ミント味など数限りない種類があるが、魔法使いたちがこれを食べるとき、どの味を引き当てるかは分からない。露店を歩きまわってあれこれ試食する人々はまるでこの「バーティ・ボッツ」マニアのようだ。ある場所では父親がヤナギランのヴァレーニエが入ったスプーンを息子にしつこく勧めている。少し離れたところでは陰気そうなカフカス人が何か新しい味を試した後、顔をしかめ、口に入れたものを吐き出そうと花壇の方へ歩いていく。ヴァレーニエの瓶には成分が書いてあるのだが、それでも味を予想するのは難しい。たんぽぽ、あるいはタルフン(キク科ヨモギ属の植物が入った緑色の炭酸飲料)のヴァレーニエはほどよい甘さでほんのりとハーブの香りがした。くるみのヴァレーニエは粘り気のある不快な臭いのする練り物だった。

 いくつかのヴァレーニエは、実験することだけが唯一の目的で、味についてはまったく気にかけていないと思われるようなものもあった。カリーナ(ガマズミ)の実の苦い味については「生まれた地はラズベリー、よその地はカリーナ」ということわざの中に表現されているように、カリーナのヴァレーニエもきっとまずいに違いない。

 しかし、実際には、満足げに売り場を後にする人の方がはるかに多いようだ。ではここでフェスティヴァルで試食する価値のあるヴァレーニエの上位3種類を紹介しよう。(ウィスキー入りオレンジやワイン入りアプリコット、シナモン入りリンゴなど、確実においしいものを除く)

 

― 松ぼっくりまたは松の針のヴァレーニエ。渋みと針葉樹林の強い香りが特徴。柔らかく煮た食べることのできる松ぼっくりが苦味を加えている。

― 松の実のヴァレーニエ。シベリアで有名なシロップで煮たお菓子。

― ミントのヴァレーニエ。ミントなのにひんやりした感じがしないという稀な例だが、それがまたよい。

 

 フェスティヴァルには開催後の数日間で100万人を超える人が訪れた。美食家、そして好奇心旺盛な人々がニンジンやキノコやバラのジャムの瓶を囲んで群がっている。ふと見れば、その周辺には、とりわけ熱心なヴァレーニエ職人たちの鍋に入れてもらえなかった生きたバラが見事に咲き乱れている。

 そうそう、バラの花びらのヴァレーニエ。こちらもぜひお試しあれ。とってもおいしいですよ!