ナルイシキン氏が諜報のトップに

セルゲイ・ナルイシキン元下院議長=

セルゲイ・ナルイシキン元下院議長=

ロイター通信
 ウラジーミル・プーチン大統領は、「ロシア対外情報庁(SVR)」の長官を変えた。新長官に任命されたのは、大統領の古い友人セルゲイ・ナルイシキン元下院(国家会議)議長。専門家は、新長官が諜報網を新たなレベルへと引き上げようとするかもしれないと考える。

 プーチン大統領は22日、人事変更を行い、「サンクトペテルブルク派」の友人ナルイシキン氏を、下院議長のポストから外した(下院議員選挙は18日に行われている)。新たなポストはSVR新長官。SVRはその特殊性から、実態がほとんど知られていない。この組織の長となる人物は、多くの専門家の意見によれば、深く諜報活動にはかかわらないのだという。これまで9年間SVRを率いてきたミハイル・フラトコフ氏は、その良い例だ。長官に任命されるまで、諜報活動とは無関係な仕事をしていた。

 ナルイシキン氏(下院議長のポストはロシアの政界のナンバー4である)の場合は、少し状況が異なり、始まりが諜報であった。非公式の情報によると、ナルイシキン氏は1970年代終わりから、「ソ連国家保安委員会(KGB)第1総局」で働いていた。第1総局の担当は対外諜報だった。ここがソ連崩壊後にSVRになった。

 ナルイシキン氏を諜報機関へ動かしたことは、柔軟性を失って硬化しつつあったSVRを強化する試みとも受け取れるし、良い給与と名誉のある閑職を与えるとも受け取れる。申告書によれば、SVR長官の昨年の年収は、特殊機関のトップの中で最も高い2031万7000ルーブル(約3047万5500円)である。

 

SVRは課題を変える?

 大統領令によれば、フラトコフ氏は定年退職に関連して、長官の役職から外された。フラトコフ氏は今後、国営モノポリー「ロシア鉄道」の取締役会の会長を務める。だが、ロシアのインターネット雑誌「スロン・マガジン」の取材に応じた消息筋によれば、ここ数ヶ月、クレムリンからSVR長官に対し、諜報活動に関連する苦情が入っていたという。

 畑違いのフラトコフ氏とは異なり、ナルイシキン氏はより適切な人物であると、独立系「国家戦略研究所」のミハイル・レミゾフ所長は考える。「ナルイシキン氏はロシア政治の上層部に入る人物で、大統領から信頼されている親友だから、着任するポストを強化できる。さらに、特にこの分野において、優れた実績がある」とレミゾフ所長。

 欧米との関係が困難になっている現状において、SVRが課題を変える可能性も排除できないという。極めて重要となっているのが、イギリスの「秘密情報部」のように活動できること。つまり、脅威に関する包括的な分析および質の高いその処理を組み合わせること。「SVRが、世界に対する認知地図を、したがってロシアの政治戦略を、形成する主要な機関であるべきというのは、正しい」とレミゾフ所長。

 

信頼される管理者

 SVRが「仲間」と考えるナルイシキン氏自身のキャリア的に、この任命は降格に該当するかもしれないと、「社会経済・政治研究所」諮問委員会の委員であるアレクセイ・ズジン氏は話す。SVR長官という役職は、それほど高くない。ナルイシキン氏自身は最後まで、諜報機関への移動を「憶測」にすぎないと話し、下院選に参加し、「議席を渡すつもりはない」と言っていた。

 ロシアの新聞「ガゼタ・ル」は、ナルイシキン氏の下院での活躍が評価されたために任命されたのではないか、と書いている。下院では、輝かしい政治家というよりも、優れた管理者であることを示した。対外諜報に携わっていたニコライ・レオノフ元KGB中将によると、ナルイシキン氏のSVRへの移動は「あくまでも政治的な任命」だという。「これは自然でわかりやすい。国家元首は、SVRの長官職に、完全に信頼している人物を置かなければいけないのだから」とレオノフ元KGB中将。

 ナルイシキン氏がただ政治的に任命された者であり続けるのか、それとも改革者としてSVRへの関与を強めるのかは、まだわからないと、ズジン氏。ナルイシキン氏の今後を読みにくい部分もある。というのも、「ロシア連邦保安庁(FSB)」が基軸となり、「ロシア連邦警護庁(FSO)」およびSVRが加わって、新機関「ロシア連邦国家保安省(MGB)」ができるという噂もあるからだ。これが確かならば、ナルイシキン氏は「敗者」になる可能性が高い。「新機関にはその長があらわれる」とズジン氏。

セルゲイ・ナルイシキン氏のこれまで

 レニングラード(現サンクトペテルブルク)市出身で、サンクトペテルブルク国際経営学大学を卒業。専門は「経済学者」。1990年代初め、サンクトペテルブルク市役所でプーチン大統領と一緒に働き、その後レニングラード州行政府で働いた。2004年にモスクワに引っ越し、ロシア連邦大統領府経済局の副局長に就任。その後フラトコフ内閣で官房長官を務めた。その後副首相を務め、2008年にドミトリー・メドベージェフ氏が大統領に就任するまで続けた。2011年に下院議員に当選。その後下院議長に就任。この年の下院選では与党「統一ロシア」が下院選で、憲法改正に必要な3分の2以上の議席数を割った。今年の下院選で再び当選。統一ロシアは3分の2以上の議席を単独で確保。

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