軍のパイロットは戦争の間、生死の境目を行き来しているようなものである。しかし出撃の前に髭を剃らなければ、生きて還って来られると信じていた。ソ連の撃墜王たちはこの決まりを厳密に守っており、出撃の前夜に髭剃りをすることはあっても当日には決してしなかった。
「飛行隊の集合時間の数時間前、まだ外も暗いうちに起床する。朝は顔は洗うが髭は剃らない―髭剃りをするのは夜だけだ。かつて、突然警報が鳴り始めた時、ペーチャ・ゴヴォロフは夜が白じんでいたのに髭を剃り始めた。時間がなかったので、剃り終えることさえ出来ず、タオルで顔のシェービングフォームをぬぐっただけだった。そして彼が戻ることはなかった。だから出撃前の髭剃りは不吉なのだ」。第566攻撃航空隊に属していた退役エースパイロットであるユーリー・フフリコフは言う。
現役のパイロットや宇宙飛行士もフライト前の髭剃りを避けようとする。それだけでなく、インタビューを受けることや、花をもらうこと、写真に撮られることも嫌う。
とても小さなお守りだが、それを大切にしていると軍用パイロットを死から護ってくれることがある。ナチスと戦ったソ連のエースたちはそう信じていた。彼らは、一見したところ、取るに足らないものに見える何かをそれぞれ身に着けている。しかし、それは、彼らの生死を左右する大切なものなのだ。
「天才パイロット、コーリャ・プリブィロフは、夏でも冬用の飛行服を着ていた。周りからは止めたほうがいい、疲れてしまうと言われていたが、『いいや、この飛行服はラッキーアイテムなのだ。これを着ていると撃たれることがない』と答えていたものだ」。第672攻撃航空隊のグリゴリ・チェルカーシンはこう語る。
他のパイロットたちも、煙草入れや幸運の腕時計、ソ連時代は宗教が忌み嫌われていたにも関わらず、正教会のイコンを身に着けていた者もいた。
大事なのは、これらのお守りを同僚たちに知られることなく身に着けることであった。周囲に自慢しようものなら、その「ご利益」がなくなると信じられていたのである。
ソ連のパイロットたちは数字の魔力を信じており、いくつかの数字に恐れおののいていた。数字の3、4、33、44は不吉だとされ、そのため、この数字がついたフライトは撃ち落とされる可能性が高いと考えられていた。
その結果、不吉な数字がついたフライトが近づくと、ソ連のエースパイロットは任務を全力で早く終わらせて出来るだけ早く基地に戻ろうとした。
ソ連のパイロットたちは、死神を騙すことが出来ると信じて、同僚パイロットと私物を交換した。そうすれば死神を混乱させて、死を後回し出来ると信じていたのである。
彼らは小さな装身具やときには着ているものを交換して、双方とも任務で死ぬことがないようにしたのである。
ロシア・ビヨンドのニュースレター
の配信を申し込む
今週のベストストーリーを直接受信します。