2009年、プーチン大統領が首相だった当時のこと。アメリカのバラク・オバマ大統領は、米露関係の将来について論じつつ、こう述べた。ロシアの元大統領、つまりプーチン首相は、まだこの国の「権力を握っており」、「米露関係の発展の古い道に片足で立ち、新しい道に片足で立っている」。
プーチンは、翻訳し難い言葉でオバマに答えた。「我々はガニ股で立つことはできない。しっかりと立ち、しっかりと未来を見据えている」
このフレーズの文字通りの意味はこういうことだ。ロシア人は、両足を不格好に広げて立つことはできない。しかし、もちろんプーチンが言いたかったのは、ロシア人は自分たちの行くべき道を正しく知っており、選択に迷わなかったということだ。
「私は当時、駆け出しの通訳だった。このときのレポートをテレビで見て、やれやれ、自分が通訳しなくてすんでよかった、と思ったものだ」。アレクセイ・サディコフ氏は最近のインタビューでこう語った。彼は、ロシア連邦外務省の翻訳・通訳部門(言語支援局)の顧問で、プーチンの通訳を担当してきた。
2019年、モスクワでの年次記者会見で、プーチン大統領は、ミンスク合意に対する自分の見方を説明していた。ミンスク合意とは、ウクライナ政府と同国南東部(ドンバス)の親ロシア派が結んだ停戦合意協定だ。プーチン大統領は突然、自分の手持ちの「マッチョな」語彙を使って、こんなフレーズを挟んだ。「ドンバスは空の車両を走らせない」
大統領が放つ俗語はいつも一風変わっている。
「(このフレーズは)非常に長い間、翻訳・通訳者の間で盛んに議論されてきた。(その結果、翻訳者の意見が一致した、そのフレーズの意味は)「ドンバスはナンセンスなことは言わない」。ナタリア・クラサヴィナはこう語った。彼女はロシア外務省・言語支援局の三等書記官だ。
2005年、プーチン大統領はドイツを公式訪問した。予定されていた会議の1つで、ロシア大統領はドイツ側に、同国に輸出されるロシア製ガスの価格について説明し始めた。説明を分かりやすくするために、大統領は、子供のなぞなぞを引き合いに出した。
「AさんとBさんはパイプの上に座っていました。Aさんは落っこち、Bさんはいなくなりました。パイプに残ったのは誰ですか?」。答えは「と」だ。「AさんとBさん」からAさん、Bさんがなくなれば、「と」(ロシア語では「И」)が残る。
しかし、プーチン大統領は通訳を気の毒に思ったのか、自らドイツ語で説明し始めた。
たぶんこの方法でプーチン大統領が聞き手に示したかったのは、ロシアとドイツの間には、他の国があり、そのことをドイツ側は忘れがちだということだ。
子供たちもまた、Aさん、Bさんだけでなく、「と」(И)もパイプに座っていることを忘れがちだ。
しかし、このアナロジーはみんなが理解できたわけではなかったようだ。
2012年、プーチン大統領がサッカーファンと話していた時に、「統一国家試験」が話題にのぼった。これは日本のセンター試験に類似したもので、大学入試に際し受験しなければならない。プーチン大統領は、この試験に対する批判に答えつつ、ちょうどいま教育大臣の兄弟が自分の傍にいるよ、と言った。
「あそこの隅で彼をぶちのめし、彼の兄弟(教育大臣)によろしく伝えてもいいかもしれない」と大統領は冗談を飛ばした。「отбуцкать オトブツカチ」は、「打つ」「やっつける」といった意味で、この一件の後、多くの人がその語義をインターネットを検索しなければならなかった。
サンクトペテルブルク国際経済フォーラムで、司会者がプーチン大統領に制裁について尋ねた。質問に答えて、大統領は俗語の「уконтропупить」(ウコントゥロプピチ)を使った。
「今のところ、制裁措置はすべてもっぱら、私の個人的に親しい人々の中から、親友、近しい知己を選び出して狙い撃ちにしている。インテリがよく言う「уконтрапупить」を然るべくやっているわけだ。要するに、彼らは故なくして罰せられている」
「уконтропупить」は、制限する、圧力をかける、何らかの行為を止める、誰かを殺す、抹殺する、などの意味がある。この言葉は現在では使われることは稀で、それが大統領の口から出るのはいよいよ珍しい。
2010年、プーチン(当時首相)が首脳レベルのロシア・フランス委員会に参加していたときのこと。二国間協力に関するこの委員会に、プーチンは首相として出席していた。
記者団とのやり取りで、ウィキリークスと民主化が話題になり、プーチンは、シンプルだが効果的な諺を用いた。これは、首相よりも学校の生徒が言いそうなフレーズだったが。
「民主主義についてだが、民主主義を標榜するなら、それは完全なものでなければならない。なぜアサンジ氏は拘留されたのか?それが民主主義か?ロシアの田舎では、よくこう言う。『誰の牛が鳴こうとも、お前の牛は黙っていたほうがいい(→人の振り見て我が振り直せ)』」
牛についてのこのユーモラスな諺は、自分自身が完璧でないことで他人を非難するような人間に対して使える。
これがプーチンが吐いた最も記憶に残る言葉かもしれない。一昔前の1999年に、彼が首相だったときに口にしたものだ。プーチンは、テロとの戦いについて記者団に尋ねられ、次のように述べた。
「我々はどこでもテロリストを追跡する。空港なら空港で。こう言っちゃ悪いが、 便所にいても捕まえて、やつらをぶち殺してやる。それで問題は終わりだ」
この「мочить в сортире」(便所でぶち殺す)という言葉は、瞬く間に人口に膾炙した。このセリフは、揺るぎない意志と、決して後に退かぬ決意を示すものだった。
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