ニューヨークに移住したIT関連会社のCEO、ヴィクトリアさん 「アメリカでフェミニストの気持ちが理解できるようになった」

ヴィクトリア・ドゥベニ撮影
 ビジネス文化の違い、男女同権を求める闘い、家族との別居生活。ITと広告関連の会社の設立者であるヴィクトリア・ドゥベニさんに、アメリカで暮らすロシア人女性の生活の困難さと魅力について話を聞いた。

 Work&Travelプログラムで初めて渡米したのは19歳のとき。当時、何よりも驚いたのは人々の強烈な“無関心”と信じられないほどの内なる自由。ソ連で生まれたわたしたちは「表彰板(成績優秀な者の名前や写真が掲示されるもの)」を目指し、それでいて目立たないようするよう教えられたものです。何か間違ったことをすれば、批判されました。たとえばわたしが公園のベンチに3時間も寝そべっていたら、どんな人間だと思われるか想像するだけでも恐ろしいことですが、ここでは誰も気にも留めません。わたしの頭の中ですべてが崩れていきました。世界観が変わったのです。そしてわたしもそんな風に生きたいと思うようになりました。

 アメリカ移住はわたしの野望によるもの。わたしはロシアでViewstという会社を設立しました。スマホ広告のリーチメディアへのアプローチを可能にする中小ビジネスのためのプラットフォームとなるものです。わたしは最初からグローバル企業として会社を立ち上げました。小さなロシアの会社にしたくはなかったのです。テクノロジーの分野で必要なのはインターネットとコンピューターだけ。それであなたがどこにいようと、あなたが提供するサービスは機能するのです。

 アメリカでは広告や技術に関する新しいものすべてが検査される。あるときわたしはもう自社製品を輸出できるのではないかと思い、視察に行くことにしました。パートナーや投資家を見つけ、市場がどのように成り立っているのかを理解するためです。

 ロシアではクライアントは気に入らないことを気に入らないと言うが、アメリカではそうではない。ロシアではどういう理由で取引できないのかその理由を聞くことができます。資金がないのか、あるいはその製品が先方の求める条件に合わないのか。しかしアメリカではそれはいいね!と言いながら、契約を結んでくれないということがよくあります。そして別れを告げられるので、なぜ契約してくれなかったのか理由を知る由もないわけです。

 アメリカとロシアではビジネス文化が違う。ロシアでは「より少なく約束し、より多く実行せよ」と教わります。つまり、自分の能力は控えめにアピールしておいて、より良い結果を出したときに評価されるというわけです。しかしアメリカではそうではありません。非常に積極的に自己PRし、自分を実際よりも良く見せようとします。それは客がその半分くらいにしかとってくれないからです。つまり最初から控えめに自己評価してしまったら、誰も相手にしてくれないということになってしまうからです。

 ロシアでは性別について不便を感じたことはない。わたしはいつも男性の中にいました。モスクワ大学の物理学部を卒業し、証券市場で働きましたが、そうした環境の中でわたしはずっと快適に過ごしていました。ロシアにいるとき、女性の権利を求めるアメリカ人女性たちの論文を読んで、わたしは笑って、他にすることがないなんて幸せな人たちだなぁなどと思ったものです。しかしアメリカに来て、この問題に実際に直面することになりました。ここでは本当に女性に対する差別があります。それゆえに闘いが行われているのです。アメリカでは起業や技術の確立という分野で女性は注意深く扱われる傾向があります。ビジネスは男性の特権だという考えがあるのです。

 モスクワでは社会的地位があったが、ニューヨークですべてが変わった。ロシアにいたとき、わたしは高級自動車に乗り、高級なレストランでしょっちゅう食事していました。ですがここでは基本的なもの、たとえばバスの定期券やマンションの家賃といったものが2倍から3倍するので、何かを切り詰めなければなりません。

 アメリカでビジネスをするのはお金がかかる。たとえば優秀な弁護士を雇うにもかなりのお金がかかります。これはやはり大きな脅威です。しかしもし頭の中にしっかりとしたプランが描けていれば、そんなことには注意も払わずとにかく実行するでしょう。わたしは、自分の人生を新しくやり直すためにここにやってきて、幾多の経済的、精神的な困難を乗り越えた多くの人々に会いましたが、彼らはそうした苦労がなんのために必要かを知っている人々でした。

 アメリカ人はロシア人ほどオープンではない。わたしたちは旧友に会えば、すぐに自分の人生について裏の裏まで話すことができます。しかしアメリカ人は自分の人生のさまざまな問題については心理療法士と話すのが普通で、友達とは、グラスワインを手にちょっとした世間話をするだけです。

 夫はモスクワに残った。離れて暮らした1年半の間に8回お互いを訪ねました。わたしたちには子どもがいないので、それほど大変ではありませんでした。わたしたちのような年齢になると、愛情も、友情やパートナー関係、共通の利益といったようなものになり、若いときのように「あなたがいないと1日も生きていけない」といった関係ではありません。しかも、それぞれが自分の分野で成長すればするほど、お互いがお互いにとって興味深い関係になるのです。

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