この実況アナウンサーは最初から視聴者に希望を吹き込み(後で虚しい希望であることが分かるのだが)、勝利を約束する。実質的に、彼にとっては何を実況するかはどうでも良い。重要なのは、自国チームを応援し、分かりやすい言葉で幅広い大衆にピッチ上の出来事を伝えることだ。即興で物を言うのは好まず、事前に用意した統計を読み上げたり、月並みなことを並び立てたりするのが得意だ。また彼には一つの特徴がある。どういうわけか彼が実況する試合は、ナショナルチームの敗北に終わる。
ツキのない実況アナウンサーはふつうあまり長く「ゴール!」と叫ばない。ゴールの機会が少ないので、慣れていないのだ。その代わり彼は悲痛に、泣きそうな様子で「撃て!」と叫び、もはや口癖のようにこう言い添える。「またも、またも上手く行きません。ロシア代表は失敗という黒い泥沼にはまってしまいました。」
彼が実況する試合は、気分が沈む度に観ると良い。感情的な実況アナウンサーは心の底から試合に気を揉んでいる。最も緊迫する瞬間には実況席から逃げると言い出したり、あるいは彼自身のために救急車を呼ぶように言ったりする。
この手の実況アナウンサーは前半から声を枯らす。感情が高まりすぎて単語や苗字を言い間違え、ブラールズをブルハウズと呼んだり、ファン・デル・サールをデル・ファル・サールと言ったり、決まってもいないのに「ゴール!」と叫んだりする。大事なことは、直後に落ち着いた口調で訂正することだ。「……惜しいシュートでした」、「冗談です」、「く……! クロスバーです!」
感情的な実況アナウンサーは「ゴール」の叫び声の長さでは誰にも負けない。
この手の実況を聞くのは難しいが、彼と試合を見るのは、ツキのない人よりはずっと楽しい。実況席で彼は軽い陶酔状態に陥り、恍惚が不条理なパフォーマンスに変わる。試合後、ファンのコミュニティーでは、「うわ言を話す人」が酔っ払っていたのか否かについて長い議論が交わされる。
「ブラジルのサポーターとガーナのサポーターを見分けるのは難しいですね。どちらも肌が黒い人が大変多い。肌が白い人も大変多い。ですが基本の色は黄色です」と実況のワシーリー・ウトキンは話す。
ある時ウトキンはロシア代表のディフェンダーについて過不足ない説明をした。「イグナシェヴィチはもちろん記憶力の悪い人ではありません。少なくともやり返してから忘れるでしょう。」 オランダのミッドフィルダーについては、「エドガル・ダヴィッツの頭から生える髪は、まるで肉挽機から出てきた肉の塊のようです。」
ここで彼が何を言おうとしているのか理解するのが難しいだろうか。「まあ、CSKAのキーパー、テア・シュテーゲンのユニフォームの色を考えますと、ピッチの色をそういうものとして考えますと…… やはり私は自分の全権威を持ってこの自然な色彩の一員となりまして、皆さんに前半の終了をお知らせします。」 この後実況アナウンサーは1分間黙り込む。
こういう実況アナウンサーは声が大きいとは限らない。そうでなくても彼は充分印象的だ。
一世代前の代表者で、今でも1988年のオリンピックの決勝戦や、定番の「実況辞典」を記憶している。ボールのことを「革の球」と呼んだり、バルカン半島出身の2人の選手を「ユーゴスラビアの絆」と呼んだりすることもある。だが、多くの形容表現を知っているだけでなく、彼はサッカーが真剣なもので、明確さが必要だということを心得ている。そんなわけで、大将はロシア人実況アナウンサーのウラジーミル・マスラチェンコに倣って、見たものすべてをくどくどしく実況し、決して叫んだりしない。「前半33分が終わるや否や34分が始まってしまいました」、「ボールが、キーパーの脚の間の最後の障害を克服し、ゴールへ吸い込まれて行きます。」
あるいはこんな感じ。「試合開始まで5分、得点は依然0対0です。」
どんな試合にも大将は「知恵」を欠かさない。例えば、「経験の浅いサポーターの皆さんのために言っておきますが、後半というのは後の半分であって、全くもって前半ではないのです。」
大将が事実を確認する時はこんな具合だ。「これはサッカー選手にとってのみならず、人間にとっても深刻な怪我です。」 つまらない試合を締めくくる時はこんな風に。「ポルトのゴールキーパーは背番号99で試合に登録されています。これはおそらく、この試合を振り返って最も興味深い点でしょう。」
彼はリオネル・メッシの生家がどこにあるか、カルロス・テベスがなぜ英国サッカー界のティリオン・ラニスターなのかを説明することができる。彼のはまり役は、統計や深い戦略的分析を詰め込まない、自分を持った若者だ。彼は適度に冗談を挟み、大抵実況のウラジーミル・ストグニエンコのようにこれを「テーマに即した考え」に変える。「メッシはもはやすっかりサッカー界の人物ではなく、何か理想的なものの尺度になってしまいました。妻の待つ家に帰り、ボルシチを味見して、『今日のボルシチはまさにメッシだ』と言うわけです。あるいは、『今日はあんまりだね。せいぜいイグアインだ』といった具合です。」
彼にとって、何を話しているかは重要ではない。彼に必要なのは、カメラの前に立つこと(あるいは実況ブースにカメラを入れること)だ。このアナウンサーは自分の姿だけで視線を釘付けにし、何千もの冗談の口実となる。成功の鍵は、エキセントリックな服装だ。こちらがその一例、「帽子の人」ことクリル・デメンチエフ。
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