日本人シェフの小林克彦氏:「蓋を開けるまで何があるかわからないというロシア」

露日コーナー
ロシア・ビヨンド
 日本人シェフの小林克彦さんはモスクワではあえて説明する必要もないほどよく知られている。彼は東京とパリで高級レストランでシェフとして働いた経験があるが、ここ13年間はモスクワで働いており、レストラン「ニダーリヌィ・ヴォストーク」の料理やカフェ「MadameWong」のケーキ、そして独自のプロジェクトCornerCafe&Kitchenでモスクワの人々に知られている。

 ロシア・ビヨンドの記者がCornerCafe&Kitchenに出かけ、小林さんにロシアで広がる日本食ブーム、小林さんの好きなロシア料理、嫌いなロシア料理、ロシアの生活について尋ね、シェフが作ったとんこつラーメンを試食した。

「私が経験した、日本人が毎日食べているものを提供しよう」

モスクワに来た理由は何ですか?

 ロシアに来た理由はほとんど偶然でした。以前、フランスに15年ほど住み、シェフの採用を扱う国際エージェンシーに登録して、ロシアに行く機会が与えられました。あの頃、ロシアに関する情報はあまりありませんでした。平和な記事だと誰も興味を持たないので、フランスのメディアは、ロシアの寒さ等という衝撃的なニュースばかり流していました。まず、私もそういうロシアのイメージを持っていました。

ロシアにおける生活はどうですか?

 ロシアに来て、性格と生活の両方に大きな変化がありました。私が知っているロシアはモスクワに限られていますが、モスクワはかなり変わりました。きれいになったし、安全になったし、便利になったでしょう。以前は、どこでも車を駐車できましたが、今は出来なくなりました。タバコもどこでも吸えなくなりました。

 個人的にも、変化が大きいです。私は結構、計画的にものを進めるタイプでした。今もそうですが、ロシアに慣れてきて、とりあえずやってみて、後は修正していくタイプに段々なってきます。蓋を開けるまで何があるかわからないというロシアですから。

 一方、それに困ることもあります。例えば、レストランでメニューが決定しましたが、材料がまだ届いていない。「早めにやってほしい!」と思う時もあります。

 ロシアに来て、驚いたことはたくさんあります。意外にロシアで上下関係がないと私に好印象を与えました。フランスでシェフは絶対的な存在であって、ロシアの場合、シェフと友達のように話していることに驚きました。それは良いことだと思います。従業員とお互い理解できますから。休みの日でも手伝いが必要だったら、友達ですから、来てくれます。

ロシアの社会の一員として感じますか。

 文化に慣れることは難しいです。国に生まれ育っていないと、なかなか頭で理解していても、体の中に染み込んでいないですから。ロシアの社会の一員かどうか分からないですが、生活のリズムと人の対外関係うまくいっているので、この生活は気に入っています。

小林さんが手掛けるプロジェクトは、同様のことをしているモスクワの他の日本食レストランと何が違うのですか?

 ここの特徴は、寿司と刺身がないことです。ロシアで寿司とロールは絶対的で、イタリアレストランに行ってもあるぐらいです。典型的な日本食レストランというイメージから離れたいです。日本人は毎日寿司ばかり食べているわけではないし、カレーライス、カツ丼、ラーメンがあって、ハンバーガーも食べるのです。私が経験した、日本人が毎日食べているものを提供しようと思いました。

ロシアにおける日本食ブームは今までも続いていますか?

 今は、第二の日本食ブームだと思います。私が来た頃、10年前、ロシア人は初めてロール寿司を食べて、日本料理の大きいチェーンができました。今は日本人が実際食べているものを作る店が増えました。このブームはいつまで続くかわかりませんが、日本食はもう常にロシアの外食業界にリードしていて、これからもずっとそのまま残ると思います。

モスクワの日本食レストランの競争は激しいですか。その競争に対応できるための戦略はありますか?

 激しくないです。日本食レストランはみんな平和に暮らしています。モスクワでパリのような100年経った歴史を持つ店がないし、モスクワの人口は東京と同じぐらいですから、問題ないです。まだ余裕がありますから、業界の中で今の段階ではライバルの意識はないと思います。

食材はロシア産のものを使いますか。

 できる限り使っています。全部の材料の中で半分ぐらいだと思います。日本のものばかり使ったら、お客さんが払っている値段の80%が飛行機代になりますから。費用を抑制するために、ここに手に入るものを使うようにしています。

 ロシアの食材を使ったら、味が多少違うと思います。例えば、日本の醤油を使って、風味がよくなりますが、ロシアの醤油を使ったら、香りが出ません。でも、醤油を直接に食べ物にかけることが少ないですから、ロシアのものでも、大体差がなく使えます。味が多少違っても、食材の値段の違い程ではないです。

「ロシア人が求めているのは真の日本料理ではなく、おいしいものです」

日本の食文化の中で、ロシアのお客さんに理解し難いものは何ですか?

 納豆とか食べないですね。なぜかというと、普段食べているものからちょっと離れて、匂いもテクスチャーも違いますから、慣れないのです。そして、ロシア人は塩分が少ないものが好まないです。例えば、日本人はサラダにポン酢をかけたり、豆腐を食べたりする一方、ロシア人は揚げたものとマヨネーズ系のソースを好むのは確かです。これは食文化の違いです。

ロシア、フランス、日本のお客さんの好みはどう違いますか?

 日本人は同じ店をかなりリピートします。馴染みのお客さんになって、居心地と雰囲気に慣れて、よく来ます。それに比べて、ロシアのお客さんは新しいものを発見してみたくて、常連客の文化があまり発展していません。でも、私の店は常連さんがよく来ます。この客と良い関係を築き、満足させることが店の戦略です。

ロシアでミシュラン星を持っているレストランが一軒もないということご存知でしたか?その理由は何だと思いますか?

 多分ロシア人はミシュランガイドに興味がないんじゃないですか。私も興味ないです。ロシア人はフランス人と日本人のようにミシュラン星に飛びつかないですから、ロシアの店は入ろうともしません。

ロシアの日本料理は真の日本食と違いますか?

 まず、日本の食文化の定義ができないです。昔の古典的な日本の懐石料理はさておき、今日本で食べられているものは、お客さんと作っている側次第で需要と供給がうまく合えば、そこに食文化が成り立っています。ここの店では、ロシア人が求めている日本料理を作ります。

 ロシア人が求めているのは真の日本料理ではなく、おいしいものです。それが第一でしょう。餃子等はもともと中国のものですが、おいしかったら、大丈夫です。

ロシアで本当の日本料理を食べることはできますか?

 私が知っている限りそんな店はありません。ほとんどの店は、ロシア人が馴染んでいない懐石料理を提供していないです。多分、ロシア人がそれを理解したくないとみんなが恐れているかもしれません。

ロシア料理はお好きですか?お気に入りの料理は何ですか?

 ものによりますが、全体的に言えばあまり好きじゃありません。具体的に、カツレツみたいなものはあまり好きじゃないです。一方で、あっさりしたオクローシカ細かく刻んだ新鮮な野菜に冷たい汁をかけたスープ)が好きです。生のきゅうりみたいなもの等が入って、日本の雰囲気を持っていますから。グレーチカ(ソバの実)は好きじゃないわけではありませんが、おいしく作っている所が少ないと思います。気をつけて作れば、おいしいです。将来、グレーチカを和風の味にして作って、付け合せとして提供したいと思います。肉料理と一緒に作れば、よりおいしくなるでしょう。

 ロシアを旅行する人にお勧めできるものといえば、ロシアのサラダでしょう。ミモザオリビエがお勧めです。そして、黒パンもおいしいです。

 ロシア料理をあまり食べないですが、もっとこの分野を調べてみたいと思います。おいしいものを作って、自分の店でロシアのサラダを提供したいです。そして、ロシア産のおいしい川魚とそば粉を使って、サラダの形として作ってみたいです。

ロシア料理の現状についてどうお考えですか?それは発展のどの段階にあるのでしょう?

 全体的に見れば、スパゲッティであれ、肉料理であれ、ロシア料理はうまくなりました。私が来た頃と比べると、おいしい店の数が増えて、味が飛躍しています。将来、外国観光客が来て、ロシア料理を食べて、「やっぱり違うけど、おいしいなあ」というようになってほしいです。

ロシア料理が世界中で、フランス、イタリア、日本などの料理ほど人気ではないのは、なぜだと思いますか?

 やはり食材が豊富ではないためです。どう見ても日本、フランス、そしてイタリアも、海に囲まれて、高温多湿で、果物と野菜がたくさん育っていますが、その面でロシアの食材は大きなハンディキャップを持っています。そのため、世界でロシア食ブームは起こらないと思います。食材の豊富さが増しても、食文化を変えるには一世代かかり、食材と作り方が洗練されなければならないし、そんなにすぐ変わらないと思います。

ロシアのレストランには何が足りないですか?絶対改善してほしいことはありますか?

 やはりレストランに行けば何が大切かというと、座って食事を心地よくすることです。そういう面で、ロシアのサービスはまだまだです。日本みたいな「お客さんは神様」という考え方は存在していないです。

 そして、多くの店は流行り物とデザインに全力を注いでいますが、味も劣らないように進めてほしいです。食べて、すぐに「おいしい」と思う味まで料理を向上させて、それにもっと拘るべきだと思います。