「日ロガスパイプラインに経済合理性あり」

ヴィターリイ・アンコフ/ロシア通信
 宗谷海峡を通る日ロ天然ガスパイプラインの敷設構想が、新しい局面にさしかかっている。プーチン大統領が昨年12月と今年4月、日ロ首脳会談後の共同記者会見でこの構想に言及した。日本側からの積極発言が出てこないため、構想をロシアの一方的な願望と見る向きもあるが、実際には日本にも推進主体が存在する。その一つが日本パイプライン株式会社(本社札幌市)だ。小川英郎社長に、構想を巡る経過と展望を聞いた。

―御社が推進する日ロの天然ガスパイプライン構想とは、どんな内容ですか。

小川英郎社長小川英郎社長 一言で申せば、サハリンから首都圏まで幹線パイプラインを整備して、低コストでクリーンなエネルギーを長期安定的に輸送する事業です。パイプラインができれば、沿線各地域で多くの関連事業を展開できます。例を挙げればガス販売、ガス発電、ガス化学、圧縮ガス、コージェネレーション、再生可能エネルギー対応事業などです。沿線だけでなく日本全体のメリットも大きい。日ロ平和条約の締結促進がその最大の効果ですが、このほか日本の経済成長戦略やエネルギー安全保障の分野でもメリットがあります。

 

―建設費や期間はどれくらいですか。そして、事業から利益は出せるのでしょうか。

 大手シンクタンクや大手エンジニアリング会社が昨年実施した最新の調査・試算では、建設コストは前提条件によって異なるものの、おおむね約7000億円となっています。期間は日露双方の準備状況の進捗によりますが、少なくとも着工してから5年以内で完成できることが確認されています。なお、サハリンから稚内までの宗谷海峡は半年以内で完成できます。稼働後は、内部利益率は20%以上と試算されていますから、十分利益は出せますし、経済波及効果分析では数兆円以上の効果があるとされています。

 

―パイプラインを敷設するなら海を通すことになります。これまで構想が前進しなかった背景には漁業権の問題もあるようですね。

 少し誤解があります。混同されることもあるのですが、当社とは別の方々が、かつてサハリンから首都圏まで海底ルートでパイプをつなげようと働きかけていた時期がありました。この構想では日本海沿岸や太平洋沿岸周辺の漁業との兼ね合いが大きな問題でした。しかし私たちのプロジェクトは陸上ルートです。海峡部分も漁業権がない区域を選定しているため、最初から漁業権問題は存在しておりません。

 

―ほかに、電力業界からの反発も指摘されています。安いエネルギーに入ってきてほしくない人たちからの抵抗に遭ってきたとか。

 以前のことはともあれ、少なくとも2011年の原発事故以来、状況は大きく変わりました。さらに昨年から本年にかけての電力・ガスの全面自由化も加わって、今の電力会社は、むしろ低コストで安定的な燃料や電力を求めているのが実情です。本プロジェクトがこれまで前進できなかった最大の理由は、なによりも、日ロ両首脳による政府間合意ができなかったことです。最近になってそれがクリアされたことにより、大きく前進することが可能となりました。

 

―ガスパイプライン構想は日ロ首脳会談でも話し合われたようですが、小川社長は構想の進捗状況をどう見ていますか。

 昨年12月の首脳会談において、日ロ双方の経済主体レベルで本プロジェクトの詳細な検討を活発にすることで合意しました。私たちは、このとき来日したロシアの政府系エネルギー企業の副社長以下幹部たちと会合を持っています。そしてこの4月のモスクワでの首脳会談では、プーチン大統領自ら、本プロジェクトを両首脳が協議したことを記者会見で発表しています。プロジェクト早期実施への気運が日ロ双方で高まっているのは間違いありません。これまでの調査から私たちは、経済合理性をもって民営で実施することは十分可能という結論を得ています。現在、本格的な事業実施体制の構築と、事業実施資金の調整を進めているところであり、あとは官邸主導の下に、関係省庁、関係企業がまさに国益のために小異を超えて大同団結し、より具体的に協力していただければ実施できるところまで来ています。

 

―メディアでは経済合理性について批判的な論評も多いようです。

 そのような評論も拝見していますが、それらは当社に何の取材もなく、一方的なコメントばかり載っているのが大部分です。しかし先ほどから申し上げている調査や試算は、シンクタンクにしてもエンジニアリング会社にしても本物の大手によるもので信頼性は非常に高い。企業名を言えないのは、既存業界との利害関係などがあるため、名前を明かさない約束になっているからです。確かに調査結果は公開していませんが、詳細を知らずに経済合理性がないと決めつけるのはいかがなものかと存じます。

 

―サハリンからのガスパイプライン構想そのものは、決して最近始まった議論ではありません。御社の公式サイトには、構想は1974年からあると書かれていますね。

 本プロジェクトの原型となった構想のことですね。1974年に、当時の堂垣内尚弘・北海道知事が提唱者になって、道内政財界がサハリンから苫東工業基地までの北海道縦貫パイプライン構想の骨格を打ち出しました。私はその当時からこの構想に関わっていたんです。現在のプロジェクトもこの北海道縦貫ルート構想をベースとしています。

 

―日本パイプライン株式会社ができたのはそれから20年以上過ぎた1998年です。

 70年代に提唱したものの、80年代までは厳しい東西冷戦時代が続いて、本構想はなかなか進みませんでした。しかし90年代にソビエト連邦が崩壊してロシア連邦に移行したことから、米国および日本の大手企業グループが、サハリン石油ガス開発プロジェクトに乗り出して、本プロジェクトの事業化可能性が出てきました。そんなタイミングで、私が事務局長となって天然ガスパイプラインの研究会を立ち上げて調査研究を続けました。ここから、条件さえ整えば実施可能という結論が得られたのです。そこで構想を実現するために、株主10数人で事業開発会社、日本パイプライン株式会社(JPDO)を立ち上げ、研究会事務局長だった私が社長に就任しました。

 

―小川社長はもともと、どのような立場で構想に関わっていたのですか。

 もとはといえば、札幌にあるPECという民間シンクタンクの事務局長をしていました。これは1970年代に、当時の堂垣内尚宏・北海道知事の政策諮問組織として学者グループを中心とする産学官共同で立ち上げた任意団体です。ここではガスパイプライン構想などのロシア極東関連プロジェクトをはじめ、様々なプロジェクトの研究開発と政策提言、そしてそれらの実現促進に取り組んできました。地元だけではなく、政府や国会関係者を招いた会議、また国際会議を定期的に開くなど、たえず国益と地方益を基盤とする活動を続けさせていただいたと存じております。

 

―ご自身は北海道出身ですか。

 生まれは東京です。大学卒業後、北海道にいた親戚の影響で札幌に来ました。この親戚は戦前の樺太で木材王と呼ばれていた財界人で、各方面に顔が広く、いろいろな人を紹介してもらうなど面倒を見てもらいました。そんな経緯もあったものですから、サハリンについては特に強い関心を持ってやってきました。

 

―現在、会社はどのような体制ですか。従業員や、株主構成はどのようになっていますか。

 プロジェクトの開発会社であり事業準備会社であるため、専従スタッフを抱えるのではなく、必要に応じて外部協力者と連携するプロジェクトチーム型の体制で活動しています。具体的には、日ロ国境地域であり前線基地である北海道に拠点を置きながら、主として東京で、日本および諸外国の多くの社外スタッフの協力をいただいて各分野の専門業務を進めています。内外の様々な専門機関、事業会社、投融資機関等とも連携しています。株主は、本プロジェクトに賛同する全国の多くの方々です。やはり既存業界との利害関係上、残念ながら実名は出せないのですが、数でいえば400人ぐらいになります。それだけ多くの方々にご支援いただいているプロジェクトなのです。

 

―今後、どのような展開になりそうですか。

 動きが具体化するタイミングとしては、今秋ウラジオストクで開かれる第3回東方経済フォーラム及び日ロ首脳会談が一つのメドになると見ています。去年のフォーラムには私も招かれ、分科会でプレゼンテーションもさせていただきました。私たちは既に水面下で本格的な事業実施体制の組成や資金の確保について、しかるべき見通しをつけて調整を進めており、秋ごろには表面に出せる状況になると考えています。おそらくそのころには日本政府内からもガスパイプライン構想に関する具体的な動きが出てくるのではと期待しています。ついに国レベルでも対応を開始したのが今だと言えます。当社としてはこれまでの内外関係機関に対する活動に加えて、今後は広く一般消費者・需要家・ルート周辺各地域にも一層のご理解をいただく活動を展開するつもりです。構想の着実な実施をもって国益と地方益に貢献し、これまで様々なかたちで支援をいただいてきた多くの関係者の皆様に、いささかなりともご恩返しをさせていただきたいと願っています。