「勝てば勝つほど、稼ぎが増える」

ロイター通信撮影
 マリア・シャラポワにとって2015年はあまり成功した年とは言いがたい。WTAツアーでの2勝と、オーストラリア・オープンでの準優勝のみ。このスターからすると控えめな結果に終わり、今季後半は、怪我で精彩を欠いた。だが、シーズン終了間際に彼女は、自分自身とファンを気分を盛り上げることができた。WTAファイナルズ・シンガポールまで進出し、世界ランキング4位につけた。

 また、フェドカップでは孤軍奮闘してチームを引っぱり、強豪チェコのペトラ・クビトバとカロリーナ・プリスコバを連破した。もっとも、それでもチームが勝つには足りず、2-3でロシアはチェコに敗退したが。

 シャラポワがコート上では物足りなかったとしても、金銭面では問題ない。9月には、米フォーブス誌の高所得スポーツ選手ランキングで、女性として唯一トップ20に入っている。ここ10年ほどで約2億5千万ドルを稼ぎ出した。収入の大半は、広告収入および自分のビジネス・プロジェクトによるものだ。シャラポワ自身は、物質的成功を何よりもコート上での結果によるものと考えている。

 「私について何か書かれる時は、必ずいくら稼いでいるかも思い出させてくれるのよね。みんなにとって、これが一番大事なテーマらしいけど、私にとっては、肝心なのはお金じゃない。私に分かっているのは、勝てば勝つほど、稼ぎも増えるということだけ。この種目は報酬は良いから」。シャラポワは、ロシアの経済紙「ヴェドモスチ」のインタビューにこう語った。

 

テニスよりも大きなもの

 「ビジネスについては二十歳くらいまでは考えたことなかった。肩をひどく負傷して、手術を受けるまではね。その時は、8~9ヶ月、ラケットを手にとることもできなかった。テニスは私の人生すべてだったのに。4歳の時からテニスだけをやってきて、そのことしか考えていなかったのにね。それが、こんな中断を余儀なくされた時、ある考えが閃いたの。『マーシャ、君はもう長年テニスをしてきたから、何か他のことも考えなきゃいけないよ』ってね」。シャラポワはこう続けた。

 シャラポワのビジネス・プロジェクトで最も有名なのは、彼女自身がプロデュースしたスイーツブランド「シュガポワ(Sugarpova)」だ。「正直言うと、2012年にこれを立ち上げた時は、将来のためのプロジェクトだと思っていたの。引退したら発展させられるだろうって。でも、すぐにすごく興味をもってもらえて、もう30カ国で売られてる」
 

同じ服は嫌

 シャラポワは数十のブランドの広告塔になっているが、一番長期にわたるのは、1998年からのナイキとの契約だ。彼女は単に、このスポーツ関連製品を扱う米大企業のウェアを着て宣伝するだけでなく、自分のコレクションも作っている。「2004年のウィンブルドンの4回戦でダニエラ・ハンチュコバと対戦したんだけど、ウェアが同じだったの!それで、もう他の女の子と同じ服を着るのは嫌だと思ったわけ。その年のウィンブルドンに優勝してからは、私はいつも自分だけのウェアを着るようになった」

 

「一日の終わりはマッサージ」

 シャラポワは、自分の生活のほとんどがテニスで占められているが、そのことで後悔はない、と言っている。「来年のスケジュールはもう決まっている。試合数が多いと、ツアー間にいかに体調を保つかが課題になるけど、私はもうずい分長くプレーしてきたので、どうすればいいかは分かっている。今じゃ、コート上では一日に1時間半もトレーニングすれば十分ね。あまり集中力がなかった以前は、4時間必要だったけど。12月になると、来シーズンの体力の基礎を作らなきゃいけない。日に2回トレーニングをして、あとはスポーツジムね。一日の終わりは夜8時のマッサージ。そして家で食事。朝、目覚めると、コーヒーを飲んだり、メールをチェックしたりする暇が1時間半ほどある。その後はコートに出る」

 

「うまく行かなくても、何も恐いことはない」

 シャラポワの考えでは、人生においては「すべてかゼロか」の原則に従う必要などない。「私がまだ幼い時に、トレーニングできるようにと、私達一家はアメリカにやって来た。でも、もしうまく行かなくても、ロシアに帰るだけのことで、人生はずっと続いていく、何も怖いことはない、と両親は知っていたの。私は思うんだけど、子供には一度のチャンスしかない、テニスで勝つか負けるかだと言わんばかりに、子供にプレッシャーをかける親が多いわね。でも、それは正しくない。もし、大きな才能あったとしても、道程は長いし、それに対する覚悟が必要よ。そして、その道は、早く終わってしまうこともあれば、ずっと続くこともある」