海外でも愛読されているロシア文学名作10選

Russia Beyond (Legion Media; Vasily Perov/Tretyakov Gallery; Liveright; Livre de Poche; Iwanami Shoten; Adelphi)
 これらの小説は、ロシア文学に詳しくなりたい人にとって必読だ。それらが世界各国で愛読されているのは偶然ではない。

 毎年、ロシア文学の古典的名作(19世紀~20世紀初めの小説)の新訳がさまざまな国で出ている。トルストイとドストエフスキーが無名の作家よりもはるかによく売れることはほぼ自明の理だから、出たばっかりの現代小説を訳して出版する危険を冒す出版社はほとんどない。欧米で最も人気のあるロシア文学作品TOP10は次のようになるだろう。 

10. ニコライ・ゴーゴリ『死せる魂』

 ゴーゴリ自身は、この作品のジャンルを『叙事詩』としたが、散文で書かれている。オデュッセウスのように、主人公チチコフは、広大なロシアを遍歴しつつ地方の地主たちを訪れ、「死んだ魂」、つまりすでに亡くなっている農奴を売ってくれと頼む。死亡した農奴は、次の国勢調査までは、まだ生きているとみなされて、地主は人頭税を払わなければならなかった。チチコフは、死んだ農奴を買い漁ることで、自分を大地主に見せかけ、それらを担保にして、銀行から大金を引き出そうと目論んでいる。

 この作品には、ロシア社会の、ひいては人間そのもののあらゆる悪徳が描き出されている。そして、「ロシアというトロイカ」についての、いわゆる叙情的逸脱が含まれている。つまり、ロシアは、トロイカさながらにどこへ向かって疾走しているのか、いかなる運命が待っているのかを作者は考察している。

 この極めて興味深く、哲学的な深みのある作品は、イタリア版のエスクァイア誌のリスト「おすすめのロシアの本 10 冊」に含まれていた。また、イギリスのガーディアン紙、およびノルウェー・ブック・クラブの「世界最高の文学100冊」に入っている。 

 『死せる魂』のショートサマリーと詳細についてはこちら>>

*日本語訳:

 ・平井肇、横田瑞穂訳、岩波文庫、1977年。

 ・中村融訳『ゴーゴリ全集5』、河出書房新社、1981年。

 ・東海晃久訳、河出書房新社、2016年。 

9. イワン・ゴンチャロフ『オブローモフ』

 ロシア的怠惰の本質を描き出した小説。貴族イリヤ・イリイチ・オブローモフは、文字通りいつもソファに寝そべり、そこから立ち上がることなく、どこにも行かず、何もせず、夢にふけるだけだ。彼は本当の恋に落ちることさえできず、若く美しい女性に求婚するものの、結局、踏み出せない。彼女は進取の気性に富んだ彼の友人と結婚してしまう。

 小説が刊行されると、「オブローモフシナ(オブローモフ主義)」という観念が現れた。これは怠惰、無関心、生きる意志の欠如が組み合わさったもので、「ロシア的魂」の際立った特徴だ(多くのロシア民話では、主人公は何年もペチカの上に寝そべっているが、これも故なきことではない)。 日本の雑誌『考える人』で「海外の長編小説ベスト100」に選ばれている。

*日本語訳:

 ・米川正夫訳、岩波文庫、1948年。

 ・井上満訳、ロシア・ソビエト文学全集:平凡社、1965年。

 ・木村彰一・灰谷慶三訳、講談社・世界文学全集、1983年。 

8. イワン・トゥルゲーネフ『初恋』

 トゥルゲーネフの代表作の一つは、世代間の永遠の対立について語る長編小説『父と子』で、この題名は普通名詞化して流布している。ロシアでは、この作品は、トゥルゲーネフの最重要作品とみなされており、すべての学校、教育機関の必修プログラムに含まれている。

 他の作品(『ルージン』、『アーシャ』、『貴族の巣』など)では、これまた通念となった「トゥルゲーネフ的令嬢」のイメージが形作られている。これは、若いが独立心に富んだ女性で、男性顔負けの強靭さを秘め、より倫理的でもあることが作中で明らかになる。 

 しかし、ロシア以外ではどういうわけか、中編『初恋』が愛読されてきた。これは、主人公の少年の、年上の娘に対する悲恋を物語る(彼女は、彼の父親を愛していた!)。

 こういう人気もあって、新潮社『世界文学全集』(全40冊)にも収録され、この物語が推奨されている。読みやすく、ロシア文学を読み始めたばかりの人におすすめだ。 

 読んでおくべきロシアの古典、イワン・ツルゲーネフの5冊>>

*日本語訳:

 ・米川正夫訳、岩波文庫。

 ・神西清訳、新潮文庫。 

7. ミハイル・ブルガーコフ『巨匠とマリガリータ』

 神秘的で謎めいていて、魔法が飛び交い、滑稽味も十分な作品だ。ブルガーコフの長編小説『巨匠とマルガリータ』は、ロシアで最も愛読されている小説の一つと考えられている。

 悪魔が突然、ソ連の首都モスクワにやって来る。そして、ヒロインのマルガリータは、最愛の「巨匠」のために自分の魂を悪魔に売るという奇想天外な話だ。巨匠とマルガリータに関する章は、イエス・キリストの生涯最後の日々について巨匠が書いた小説の章と交錯している。

 ドイツのテレビ局「ZDF」(第2ドイツテレビ)のアンケートによれば、『巨匠とマリガリータ』は、世界最高の100作品にリストアップされている。フランスの「ル・モンド」紙も、権威あるリスト「20世紀の100冊」に、この本を入れた。

 この小説はまた、人気ある書籍サービス「Goodreads」による「20世紀最高の本」にも含まれている。さらに、日本の読売新聞は、この作品をもってブルガーコフを「文庫×世界文学 名著60」のリストに入れた。

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*日本語訳:

 ・水野忠夫訳、岩波文庫、2015年。

 ・法木綾子訳、群像社、2000年。

 ・中田恭訳、三省堂書店、2016年。

6. レフ・トルストイ『アンナ・カレーニナ』

 『アンナ・カレーニナ』の筋について何も知らなくても、ヒロインが列車の下に身を投げる結末は承知しているだろう。さまざまな国の監督によるこの小説の映画化の数(40本以上)は、その世界的な人気を物語っている。読者と観客にこれほど受け入れられてきた理由は、ある意味で簡単だ。何よりもそれが愛について深く語っていること。

 批評家らもこの小説に敬意を表している。『アンナ・カレーニナ』は、ドイツのテレビ局「ZDF」ノルウェー・ブック・クラブ英紙「ガーディアン」が、「世界最高の文学100冊」にリストアップ。ВВСの名作200選 にも入っている。

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*日本語訳:

 ・中村融訳、岩波文庫(上中下)、改版1989年。

 ・木村浩訳、新潮文庫(上中下)、再改版2012年。

 ・望月哲男訳、光文社古典新訳文庫(全4巻)、2008年。

 ・北御門二郎訳、東海大学出版会(上下)、新版2000年。

 その他 

5. レフ・トルストイ『戦争と平和』

 4 巻からなるこの叙事的な超大作は、歴史的大事件――ロシア帝国とナポレオン治下のフランスの戦争――を背景に、いくつかの家族の歴史を物語っている。

 『戦争と平和』は、ロシアの小説として初めて名作100選にランクインした(Newsweek )。

 ドイツのテレビ局「ZDF」ノルウェー・ブック・クラブ、英紙「ガーディアン」が、「世界最高の文学100冊」にリストアップ。ВВСの名作200選 にも入っている。 

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*日本語訳:

 ・藤沼貴訳(岩波文庫 全6巻、2006年)、ワイド版2014年。

 ・望月哲男訳(光文社古典新訳文庫 全6巻、2020年1月 - 2021年9月)。

 ・工藤精一郎訳(新潮文庫 全4巻、改版2005-2006年)。

 ・北御門二郎訳(東海大学出版会 全3巻)。

 その他

4. フョードル・ドストエフスキー『罪と罰』

 ドストエフスキーは、いわゆる 5 大長編を書き、ノルウェー・ブック・クラブにランクインした作品数で記録を保持している。すなわち、「世界最高の文学100冊」に、ドストエフスキー作品が4つも入っている。『罪と罰』、『白痴』、『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟』だ。

 ロシアでは、すべての学校生徒(日本の高校の学年に相当)が、ドストエフスキーの代表作『罪と罰』を通じて、彼の作品世界と接し始める。これは、ある元大学生の物語だ。彼は、自分の「力」を試そうとして、金貸しの老婆を殺す…。

 ドイツのテレビ局「ZDF」、英紙「ガーディアン」が、「世界最高の文学100冊」にリストアップ。ВВСの名作200選 にも入っている。 

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*日本語訳:

 ・新潮文庫版 工藤精一郎訳、1987年、改版2010年。

 ・岩波文庫版 江川卓訳。旧版は中村白葉訳。

 ・光文社古典新訳文庫版 亀山郁夫訳、2008年秋~09年夏。

 ・角川文庫版 、米川正夫訳、旧新潮文庫版。

 ・中公文庫版、池田健太郎訳 上・下巻。元版は「世界の文学 ドストエフスキイ」中央公論社、新装版1994年。

 

3. フョードル・ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

 この長編小説は、一見、興味津々の推理小説風の筋で展開していく。父親をその息子の一人が殺す…。しかし実は、これは愛、人生の意味、そして神についての小説だ。

 『カラマーゾフの兄弟』は、『罪と罰』がランクインしているリストにはすべて入っている。また、日本のアマゾンでは、フィクションのベストセラー100 冊のリストに入っている。さらに、日本の雑誌『考える人』の「海外の長編小説ベスト100」では、『カラマーゾフの兄弟』のほか、ドストエフスキーの4作品(『死の家の記録』や『悪霊』など)が選ばれている。

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*日本語訳:

 ・原卓也訳、新潮文庫。

 ・亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫。 

 ・米川正夫訳 岩波文庫。

 その他

2. ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』

 この小説のストーリーは極めて繊細だ。少女性愛者である主人公ハンバートをめぐるスキャンダラスな作品で、彼は、「ニンフェット」の継娘に夢中になる。この作品は、世界文学の名作のほぼあらゆるリストにランクインしてきた。小説は英語で書かれ、10年後に著者が自らロシア語に翻訳した。

 アメリカのニューヨーク・タイムズ紙は、『ロリータ』を現代文学100選で4位とし、過去125年間の「ベストブック25」にも入れた(そして読者に対し、最高傑作として投票するよう推奨した)。

 『ロリータ』はまた、フランスのル・モンド紙の「20世紀の100冊」にランクイン(ちなみに、この小説がフランスで最初に出たのは1955 年だ)。タイム誌の現代文学100選(1923~2005) にも選ばれた。

 日本では、読売新聞がナボコフを、『ロリータ』の作者として、「文庫×世界文学 名著60」に選び、日本の雑誌『考える人』で「海外の長編小説ベスト100」に選出。

 ウラジーミル・ナボコフの17作品>>

*日本語訳:

 ・『ロリータ 魅惑者』(若島正・後藤篤訳)、新潮社(ナボコフ・コレクション5)、2019年。

1. アレクサンドル・ソルジェニーツィン『収容所群島』

 1962年に、ソルジェニーツィンの小説『イワン・デニーソヴィチの一日』が刊行。これは、ソ連が出版した、強制収容所に関する初の作品となった。ソ連だけでなく、世界中で注目を集める。

 『収容所群島』は、ソ連の収容所システム(1918~1956年)に関する広範な文学的探究だ。ソルジェニーツィンは、この作品を10年間にわたって書いた。

 ソ連では長年発禁で、1973年にフランスで初めて刊行された。ソ連の読者が手にできたのはようやく1990 年、ソ連崩壊の前年だ。「収容所群島」という言葉は普通名詞化して流布した。

 フランスでは、この作品は、ル・モンド紙による「20世紀の100冊」で15位となった(また、ソルジェニーツィンの小説『ガン病棟』は、フランス人の愛読書100冊に含まれている)。

*日本語訳:

 ・『収容所群島 1918-1956 文学的考察』各・全6巻、木村浩訳。

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