黒魔術の教授を自称するヴォランドという奇妙な外国人が、ソ連の首都モスクワにやって来る。 彼は、 2人のソ連の作家と雑談し、彼らが無神論者であり、神も悪魔も信じていないことに驚く。
この後、奇妙なことが起こり始める。2人の作家のうちの1人は、ヴォランドが予言した通り、路面電車に轢き殺され、もう1人は錯乱して、精神病院に入れられる。
実はヴォランドは悪魔で、1930年代のモスクワにやって来たのだった。そこは、腐敗した政治家、役人や、暴利を貪る者やシニカルな人間がたくさんいた。
ヴォランドと2人の作家との出会い(ドラマ『巨匠とマルガリータ』のシーン、2005年)
Vladimir Bortko/Roskino, RTR-film同じ病院に、この作品の主人公の一人、「巨匠」がいた。彼はソ連の作家で、イエス・キリスト(ナザレの人ヨシュア)についての小説を書いている。しかし、このライフワークは酷評される。彼は自暴自棄になって原稿を焼却してしまい、身の置き所がなくなり、ついには入院する羽目となる。
「巨匠」の恋人、マルガリータは、彼を天才だと信じて、彼を支えている。彼女は、立派な軍事技術者と結婚しているのだが、恵まれた生活を捨て、巨匠との貧しい暮らしに甘んじていた。「巨匠」が姿を消した後、マルガリータは夫のもとへ戻るものの、密かに何年もの間、最愛の男性を見つけようと必死だ。しかし、見つけられず絶望している。
ドラマ『巨匠とマルガリータ』のシーン、2005年
Vladimir Bortko/Roskino, RTR-filmヴォランドは、こんな状態にあった彼女に会い、悪魔の舞踏会に参加するよう誘う。彼女が同意すると、彼女は魔女になり、空を飛べるようになっていた。ヴォランドは、舞踏会に参加してくれた見返りとして、彼女を「巨匠」に再会させた。二人はいっしょに、天国と地獄の間のどこかで穏やかに暮らす。
悪魔の舞踏会(バレー『巨匠とマルガリータ』、ボリショイ劇場、2021年)
Vladimir Gerdo/TASSマルガリータと「巨匠」による物語が、この作品には挿入されている。それは、「ナザレの人ヨシュア」とポンティオ・ピラトに関する物語だ。後者は、ローマ帝国のユダヤ属州総督で、ヨシュアを裁く。
ピラトは残忍な人物ではあるが、ヨシュアに奇妙な魅力を感じる。ヨシュアは、すべての人は善良だと考えている(そして、不可思議な方法で、ピラトのひどい頭痛を癒す)。
ナザレの人ヨシュア(ドラマ『巨匠とマルガリータ』のシーン、2005年)
Vladimir Bortko/Roskino, RTR filmピラトは、これは素朴な放浪の哲学者にすぎぬと思い、彼を処刑したくはないが、密告のせいで裁判を行わざるを得なくなる。しかし、処刑後、ピラトの唯一の思いは、ヨシュアから許されたいということだった。
ヨシュアとピラトについての小説が「巨匠」のライフワークであったように、「巨匠」とマルガリータに関する小説はブルガーコフのライフワークだった。だが、作者の生前にはついに出版されることなく、彼は1940年に亡くなった。
小説『巨匠とマリガリータ』には多くの自伝的なディテールが含まれている。「巨匠」が自分の小説で抱えていた問題は、ブルガーコフにもあり、2人ともソ連の検閲と闘わねばならなかった。
また、マルガリータと同じように、ブルガーコフの最愛の女性エレーナは、世間から尊敬される男性と結婚していたが、貧しい作家のためにすべてを犠牲にし、生涯を彼に(そして彼の遺作、遺稿に)捧げた。
マルガリータ(ドラマ『巨匠とマルガリータ』のシーン、2005年)
Vladimir Bortko/Roskino, RTR-filmブルガーコフ研究者たちの考えでは、エレーナは、密かにソ連の秘密警察「KGB」に情報提供する立場にあったが、おそらくブルガーコフはそれを承知のうえで、小説中で彼女を正当化した。彼女は、彼を投獄から救うために、いわば「悪の勢力」と「契約」を結んだ…。
現実的ではない題材、『聖書』への言及、神と悪魔の問題、そして1930 年代のソ連社会へのあからさまな批判…。これらのため、ソ連で出版される可能性はほぼなかった。
1967 年に、検閲を経た縮小版が刊行された(全体の約12%が変更や削除をこうむっていた)。しかし、完全版は外国で出版されたし、ソ連国内でも、いわゆるサミズダート(地下出版)で非合法に広まった。そして、1973年に、完全版がついにソ連で出版されることが許可され、非常な注目を集めた。
*日本語訳:
・水野忠夫訳、岩波文庫、2015年。
・法木綾子訳、群像社、2000年。
・中田恭訳、三省堂書店、2016年。
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