トレチャコフ美術館を1時間で見る:必見の傑作10点

 パーヴェル・トレチャコフは当初、自分の私的コレクションが後世これほど人気を博すようになろうとは思わなかったろう。今日では、トレチャコフ美術館は、ロシアを代表する国立美術館の一つだ。

 ホールを回り名作の数々を鑑賞するのに何時間もかける時間的余裕があれば、もちろん、それに越したことはない。でも、持ち時間が限られているときは、傑作中の傑作を効率よく見るしかない。では何を見るべきだろうか?…

① アンドレイ・ルブリョフ『至聖三者』(『聖三位一体』、ホール60、1階)

 トレチャコフ美術館のイコン・コレクションはまさに至宝というべく、12世紀のキエフ・ルーシ(現代ロシアの源流をなす中世国家)の時代の名作もいくつかある。が、コレクション中で最も重要なのは、名高いイコン画家、アンドレイ・ルブリョフによる『至聖三者』(『聖三位一体』、1425~1427)だろう。

 興味深いのは、初めてイコンを公に展示する展覧会を開いた人物は、トレチャコフを尊敬していたセルゲイ・ディアギレフだったということ。彼は、かの有名な「バレエ・リュス」の主宰者で、20世紀初めに、バレエダンサーやアーティストの一団とともに、一連の欧州公演を行い、海外へのロシア文化紹介に尽力した。

 イコン『至聖三者』をもっと深く鑑賞したいという方は、この記事を参照すると、ロシアのイコンをいかに「読み」、理解すべきかが見えてくるかも。

② ワレンチン・セローフ『桃を持った少女』(ホール41、1階)

 セローフは肖像画の名手だった。皇帝や皇族も彼のためにポーズをとったし、有名な同時代人の作曲家、作家、芸術家もいわずもがな。しかし最も広く評価されている作品の一つは、ごくふつうの12歳の少女、ヴェーラ・マモントワを描いた『桃を持った少女』(1887)だ。

 まったく偶然、画家はその瞬間を捉えた。彼が家に着くと、ヴェーラはテーブルに座ったばかりだった。少女の父親は、大企業家でありパトロンだったサッヴァ・マモントフ。セローフは後に、彼女のみずみずしさと、放射する柔らかな光を捉えたかったと回想している。

 これらは1階で見られる2つの最も重要な絵画だ。さあ、2階に行こう!

③ イワン・アイヴァゾフスキー『虹』(ホール19、2階)

 ロシア国外で開催される重要なロシア美術オークションには、この代表的海洋画家の作品が少なくとも1枚はあるのが常だ(彼は多作で知られる)。その最も名高い『第九の波涛』は、サンクトペテルブルクの「ロシア美術館」にある。トレチャコフ美術館には、他の傑作がいくつかあり、その中に『虹』(1873)も目にすることができる。

④ コンスタンチン・フラヴィツキー『皇女タラカーノヴァ』(ホール16、2階)

 トレチャコフ美術館のホールを急いで回っていると、注意を引く何十もの傑作が次々に現れるが、この劇的な絵の前にちょっと立ち止まり、鑑賞することをお勧めする。

 『皇女タラカーノヴァ』(1864)では、サンクトペテルブルクの洪水がペトロパヴロフスク要塞を浸水させている。自称「皇女タラカーノヴァ」(本名は不明)は、女帝エリザヴェータ(1709~1762)の娘であると僭称し、要塞監獄に収監されていた。彼女の独房の暗い壁と顔に浮かんだ絶望を見ていただきたい。彼女は、水位が際限なく上昇し、誰も助けに来ないことを悟ったのだ。史実はそれほどドラマティックではないが、これに劣らず悲劇的である。彼女は1776年12月、投獄の10ヶ月に、結核で獄死した。

⑤ アレクサンドル・イワノフ『民衆の前に現れたキリスト』(ホール10、2階)

 パーヴェル・トレチャコフは、この巨大な絵画のスケッチを購入できただけだった。画家は、実に20年間にわたり(1837~1857)、その制作に携わった。イワノフのこの超大作は、皇帝アレクサンドル2世によって買われ、ようやく20世紀になって、トレチャコフ美術館の個別のホールに展示されるようになった。

 この『民衆の前に現れたキリスト』を何時間眺めても、そのあらゆる細部、シンボル、人物像を見て取ることはできまい。時間をかけて、様々な距離と角度からこの傑作を鑑賞していただきたい。

⑥ イワン・シーシキン『松林の朝』(ホール26、2階)

 シーシキンを他の画家と混同することはあり得ない。彼のトレードマークは、昼夜も季節も問わず、ロシアの森を見事に描き切った人であるから。

 もともと、『松林の朝』(1889)には、クマは描かれていなかったが、後に別の画家コンスタンタン・サヴィツキーによって追加された。何らかの理由でパーヴェル・トレチャコフは、彼の名前を絵のキャプションから削除した。

 ソ連時代、この絵の一部が、有名なキャンディー「ミーシカ・コソラープイ(がに股の子熊)」の包装紙に使われた。ついでに、このキャンディーや他の人気のソ連スイーツについて見てみよう。

⑦ ヴィクトル・ヴァスネツォフ『三人の勇士』(ホール26、2階)

 ヴァスネツォフの絵画はほとんどすべてが伝説、民話に関するもので、ロシア人の多くが、有名な伝説のキャラクターを、彼が描いた姿で想像する。

 『三人の勇士(ボガガトゥイリ)』(1898)は、制作に20年を費やした、彼の代表作の一つ。ドブルイニャ・ニキーチチ、イリヤ・ムーロメツ、アリョーシャ・ポポーヴィチ(左から右へ)という、最も人気あるスラヴのスーパーヒーローを描いている。

 このホールを出る前に、ロシア民話の魔法の世界を描いた、彼の傑作をもう二つ見ておこう。それらは同じホールにある。すなわち、『アリョーヌシカ』と『灰色の狼に乗ったイワン王子』だ。

⑧ ワシリー・スーリコフ『大貴族夫人モロゾワ』(ホール28、2階)

 この画家は、ロシアの精神性と風景を反映した数々の歴史画を制作した。『大貴族夫人モロゾワ』(1884~1887)は、ロシア美術の全体を通しても、最も印象的でエモーショナルな絵画の一つに数えられる。アレクセイ帝のもとでの「ニコンの宗教改革」に際し、最大の権門モロゾフ家の一員で、古の信仰を捨てなかった彼女は、修道院に幽閉された。これは当時としては投獄に等しいものだった。

 この絵画に描かれたできごとは、17世紀半ばの大事件、ニコンの改革によるロシア正教徒の大分裂を背景としている。古来の信仰に忠実な人々は、古儀式派(分離派、ラスコーリニキ)と呼ばれ、国家によって迫害された。

⑨ イリヤ・レーピン『イワン雷帝と皇子イワン』(ホール30、2階)

 時間が限られていると、どの絵をじっくり見るか迷ってしまう。『ヴォルガの船引き』か、『トルコのスルタンへ手紙を書くザポロージャ・コサック』か、レフ・トルストイの何枚かの肖像か、『思いがけぬ帰宅』か…。でも目に飛び込んでくるのは、『イワン雷帝と皇子イワン』(1885)だろう。

 激昂したイワン雷帝は、跡継ぎと目されていた息子イワンと口論の末、殺害してしまった――。レーピンはこのテーマに取りつかれた。雷帝の目の恐怖と取り乱し方…。レーピンはそのイメージを追求し、その真実の表情を見出そうとした。

⑩ ミハイル・ヴルーベリ『座るデーモン』(ホール33、2階)

 ヴルーベリは、詩人ミハイル・レールモントフの記念事業に参加し、詩「悪魔(デーモン)」の約30枚のスケッチを描いた。ヴルーベリの『座るデーモン』(1890)が、レールモントフの主人公のデーモン、堕天使、永遠に悲しみ苦しみ続ける存在に触発されたのは明らかだ。これは人間の内的矛盾をシンボライズするものでもあるだろう。

 ヴルーベリは、最も才能あるロシアの芸術家の一人で、ロシア・アヴァンギャルドの生みの親でもある。トレチャコフ美術館には、彼の作品のみを展示したホールがある。

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