マガダンの重い過去

マガダン州の州都マガダン=Geophoto撮影

マガダン州の州都マガダン=Geophoto撮影

ロシア極東のマガダン市は北太平洋・オホーツク海に面し、孤立した場所のように思える。 モスクワとの間に八つの時間帯があるため、モスクワで朝食をとっている頃、マガダン市民は一日を終えようとしている。マガダンの過去と現在を紹介する。

ラーゲリの記憶

 マガダンはにぎやかな都市だ。険しい岩の断崖の間に砂浜が散らばる海辺の近くに美術館やホテルがある。

 市のすぐ先にある原生林や荒野には熊、ムース、シベリアオオツノヒツジなどが生息する。郊外の広大な大自然で釣り、ハイキングやスキーを楽しむことができる。

 ここには平穏が満ちているのに、不幸な過去を抱えた都市はいまだにイメージ面の問題を払拭(ふっしょく)できていない。

 

コルイマ金鉱

 スターリン時代、マガダンはコルイマ地方への入り口だった。この地帯は金鉱床が豊富で、多くの矯正労働収容所(ラーゲリ)がここにできた。 

 多くの場合、政治犯を含む囚人たちはシベリア鉄道でウラジオストクまで連行された後、船に詰め込まれ、マガダン郊外の金鉱まで運ばれた。移動中、多くの人が死亡した。

 マガダンやコルイマに行き着いた囚人たちは収容所での極寒の冬、栄養失調と過酷な労働に耐えた。

 コルイマ金鉱は一時、世界の金の半分近くを生産したという。コルイマ地方だけで少なくとも100万人が死亡したと推定されている。

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今も日本の面影

 マガダンにつながる唯一の交通路は国道56号。これは建設のために命を落とした何千人もの労働収容所の囚人たちにちなんで「骨の道」と呼ばれた。 

 今日、強制労働収容所は歴史上の話となっており、マガダンは普通の穏やかな海辺の都市になっている。 冒険家や旅人はマガダンですばらしい思い出を持ち帰ることができるだろう。

 マガダンは三日月状のナガエフ湾に突き出た半島の付け根の所に位置している。

 マガダン地域歴史博物館にはこの地域の動植物、先住民文化や美術が展示されている。 州立音楽演劇劇場は労働収容所時代に発足したが、現在は地元の公演会場となっている。  マガダンの新しい大聖堂は極東で最も美しいタマネギ形ドームの印象的なコレクションが見どころだ。

マガダンの入り口、ナガエフ湾=Geophoto撮影

 マガダンでは海釣りに出かけたり、ヤマ川やオラ川でのサケやイワナのフライフィッシングのツアーに参加するのも簡単だ。 山の湖でも釣りを楽しめる。

 エトピリカやツノメドリを含む多数の品種の鳥類もマガダン周辺に生息しており、沿岸では特に見つけやすい。 

 マガダンを出発点や到着点とする野鳥観察や自然ツアーも多数企画されている。

 マガダンの強制労働収容所を見学する場合は、ドネプロフスキー収容所がこの都市から「骨の道」沿いに半日の所にある。

 ドネプロフスキーの囚人はスズ鉱山で働かされていた。今でも監視塔や収容所の建物を見学できる。ウラニウム鉱山だったブトゥグチャグ収容所もある。

 アジアの北東端にある「骨の道」の最終地点、マガダン。世界一周の旅をするバイク乗りはここを最終目的地にしているようだ。

 「骨の道」での車の運転を試みるのに最適な季節は冬だ。夏の間は永久凍土が溶けて未舗装の道路が泥沼化し、移動が困難になるためのだ。

 「骨の道」は世界で最も極寒で人里離れた場所に数えられる地を通っている。それは世界でも数少ない偉大な冒険の一つだ。マガダンに向かう道のりの最後の500キロの周辺は、一般旅行者でも訪ねることができる見どころ満載のルートである。

 

「悲しみのマスク」

「悲しみのマスク」=GeoPhoto撮影

 マガダンで見学してみる価値があるのは「悲しみのマスク」という記念碑だ。 

 コルイマで命を落とした人々を追悼するために建てられたこの碑は、丘の頂上に突出するコンクリートの頭部像だ。

 高さ15メートルの中央の記念像は人間の顔が様式化されたもので、その左目からは涙が流れている。右目は鉄格子のはまった窓の形だ。像の反対側は泣く女の彫像になっている。

 記念像の除幕式は1996年。内部には監房のコピーがある。

 像が立つクルタヤ丘にはスターリン時代に「トランジートカ」と呼ばれた中継監獄があり、ここから囚人たちはコルイマ地方の強制収容所に送られた。