ロシアの美しいモスクTOP7

モスク「チェチェンの心」=写真提供:timag82.livejournal.com

モスク「チェチェンの心」=写真提供:timag82.livejournal.com

ロシアのモスク(イスラム教の礼拝堂)は、イスラム教徒の文化の象徴、そして心をひきつけられる荘厳華麗な建築物だ。ヨーロッパ有数の大きさを誇るモスクや、世界でもっとも北に位置するモスクがロシアにはある。

「チェチェンの心」

 ヨーロッパおよび世界有数の大きさを誇るモスク

 モスク「チェチェンの心」は、チェチェン共和国のアフマト・カドィロフ初代大統領にちなんで、このように名づけられた。ヨーロッパでもっとも大きなモス クの一つで、1万人以上を収容できる。敷地内のイスラム教施設の総面積は14ヘクタールで、モスクに隣接する夏の回廊と広場では、さらに1万人の信者が祈 ることができる。モスクのまわりにある4本の尖塔の高さは、63メートル(ロシアでもっとも高い)。

 外壁と内壁には大理石が張りめぐらされ、トルコの職人によって描かれたコーランの模様には、最高品質の金が使用されている。さらにスワロフスキーのクリスタルからつくられたシャンデリア8個がある他、銅数トン、最高品質の金2.5キログラムがふんだんに使われている。

 チェチェン共和国グロズヌイ市V.プーチン大通り(V. Putin Boulevard, Grozny, Chechen Republic)

 

「クル・シャリフ」

モスク「クル・シャリフ」=Lori/Legion Media撮影

 世界有数の印象を誇るモスク

 イワン雷帝率いるロシア軍は16世紀半ば、イスラム王朝国家、カザン・ハン国の首都カザンを、3度目の攻撃で陥落させた。カザン・ハンの王冠「カザン帽」を、イワン雷帝の軍がカザンからモスクワに持ち帰ったという説と、征服されたカザン・ハン国の宝飾職人が、ロシアの皇帝のために特別に製作したという説があ る。

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イスラムの都カザン

 いづれにせよ、カザンの中心的モスク「クル・シャリフ」の建築家にインスピレーションを与えたのが、このカザン帽の形だ。クル・シャリフは、イワン雷帝の遠征時に倒壊した、伝説の尖塔寺院の跡地に建てられている。カザンの建都1000周年記念に合わせて開設されたクル・シャリフを、ハフィントン・ポスト 紙などは世界でもっとも印象的なモスクの一つと称賛している。

 モスクは1500人の信者を、隣接する広場はさらに1万人以上の信者を収容可能。寄付金のみで建設され、現在の評価額は4億ルーブル(約12億円)。モスクのメインホールには、寄付をした4万の市民や団体の名称が記載された冊子がある。

 タタルスタン共和国カザン市クレムリン(Kremlin, Kazan, Republic of Tatarstan)

 

「デルベント・ジュマ」


モスク「デルベント・ジュマ」=Lori/Legion Media撮影

 ロシアおよびCISでもっとも古いモスク

 438年に築かれた、世界でもっとも古い都市の一つであるデルベント市には、773年にモスク「デルベント・ジュマ」が建設されている。14世紀末に 強い地震が発生して再建された。またソ連政府が無神論キャンペーンを行った1930年代には、閉鎖されて街の刑務所に変わった。20世紀半ばに街の聖職者 に返還され、現在はユネスコ文化遺産に登録されている。

 ダゲスタン共和国デルベント市デルベント博物館・自然公園ブイナコフスキー通り76(Derbent Museum, 76 Buynaksky Street, Derbent, Republic of Dagestan)

 

「ヌルド・カマル」

モスク「ヌルド・カマル」=写真提供:wikipedia.org

 世界でもっとも北にあるモスク

 モスク「ヌルド・カマル」は、すでに15年以上も北極圏のノリリスク市を飾っている。世界最北のモスクとして、ギネスブックにも登録された。民間プロジェクトで建設されたこのモスクは、極北の特別な気候条件に合わせられた非伝統建築となっている。尖塔は円筒が一般的だが、壁のレンガの凍結が減り、風 の負荷に耐えられるように四角柱になっている。

 ノリリスク市で生まれたタタール系の実業家、ミトハド・ビクメエフ氏の資金で建設された。ヌルド・カマル(Nurd Kamal)のヌルドはビクメエフ氏の父の名前ヌリトジン(Nuritdin)から、カマルは母の名前ガイニカマル(Gainikamal)からきてい る。

 クラスノヤルスク地方ノリリスク市10月50周年通り2A(2A - 50 years of October Street, Norilsk, Krasnoyarsk region)

 

「ララ・チューリップ」

=Lori/Legion Media撮影

 モスク・マドラサ「ララ・チューリップ」は、バシコルトスタン共和国の主たるイスラム・センター。信者の寄付と共和国政府の支援で建設された。

 外観が特徴的で、中心の建物の形も色も花開いたチューリップに似ており、尖塔は2つのつぼみのようだ。チューリップが古代から、テュルク系民族のシンボルと考えられてきたため、このような建物になっている。バシコルトスタンの伝説によると、チューリップのつぼみの中に幸福が入っているという。

 モスクは最大1000人の信者を収容できる。53メートルの尖塔は、「チェチェンの心」(62m)、「クル・シャリフ」(57m)に次いで、ロシアで3番目に高い。

 バシコルトスタン共和国ウファ市コマロフ通り5(5 Komarov Street, Ufa, Bashkortostan)

 

スンニ派モスク(「ムフタロフ」)

ムフタロフ・モスク=写真提供:timag82.livejournal.com

 スンニ派モスクまたはムフタロフ・モスクは、北オセチア共和国の首都ウラジカフカスのシンボルの一つである、テレク川の左岸にある。モスクは1905年から1908年にかけて建設された。バクーの石油王ムルタザ・アガ・ムフタロフは、妻がウラジカフカスの出身者だったことから、この建設に多額の資金提供 を行った。

 エジプト様式の建物は、有名なアル・アズハル大学をほうふつとさせる。バクー郊外から搬入された、白い石灰岩で建設された。

 ソ連時代の1934年に、市評議会がスンニ派モスクの取り壊しを決定すると、第25タタール中隊のベトケネフ隊長はタタール人兵士に対し、武器を手にモスクを守れと命令した。政府は撤去をあきらめ、モスクに歴史的建築物のステータスを与えて保存した。

 北オセチア共和国ウラジカフカス市コツォエフ通り62(62 Kotsoev Street, Vladikavkaz, Republic of North Ossetia)

 

サンクトペテルブルク「青碧」モスク

サンクトペテルブルク・モスク=Lori/Legion Media撮影

 サンクトペテルブルク・モスクは1910年に、ロシアに中央アジアが編入されたことから、ブハラの首長に敬意を表して起工された。8000人以上からなるイスラム教徒社会の利益を尊重した、アレクサンドル3世の時代である。1913年に竣工し、ロシア最大のモスクとなった。収容人数は5000人。2本の 尖塔の高さは49メートル、建物の丸屋根の高さは39メートル。

 このモスクの丸屋根は、サマルカンドのグリ・アミール廟(15世紀に建設)にそっくりである。グリ・アミール廟には、中央アジアの征服者であるティムールの遺骨が収められている。

 サンクトペテルブルク市クロンヴェルクスキー大通り7(7 Kronverksky Boulevard, St. Petersburg)