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二つの世界の架け橋に
「ふれあい」とは、演劇実験を通じて、2つの世界の懸け橋となることを目指す試み。舞台美術にもそれが反映されており、観客席の中央部にある幅広い花道から、両方向に観客席の列が連なっていく。視・聴覚障がい俳優が空間調整しやすいように、光、音、イスのすべてに配慮がなされている。また、それぞれの視・聴覚障がい俳優には、その人生の現実を語り、またその世界の音、鮮やかな色彩、感覚を伝える代役が付いている。
演劇は俳優への詳細なインタビューにもとづいており、痛みと苦しみに満ち、とても感情的で官能的である。俳優たちがいかにして視力と聴力を失ったのかについて、子ども時代や運命の甘受について、日常の問題や相互理解の困難をいかに克服しているのかについて、インターネットがどれほどの広い世界を開いたのかについて、永遠の闇と沈黙の怖さと耐えがたさについての物語。また、母と娘、父と息子、夫と妻、兄弟と姉妹、教師と生徒という、一方が他方に常に依存する組み合わせの特殊かつ複雑な関係の物語。
あらゆる人の問題
「視・聴覚障がいを持つ人々は、健康、家庭、金融など、多くの問題を抱えている。でも主な問題はコミュニケーション。一般の人は視・聴覚障がい者についてほとんど知らないし、逆もしかり。私たちが視・聴覚障がい者を理解できないのは、他者、時に近しい人のことさえ見聞きできていないことも理由の一つ。これは人類全体の問題」と演出家ルスラン・マリコフ氏は話す。
打ち克ち難い状況にありながらも、生活や自己実現のために努力する視・聴覚障がい者の姿は心を打つ。自分を見つけ、家族を持ち、さらに立派な職業人に成長している。プロジェクトの参加者には、心理学博士兼教授、視・聴覚障がい者向け雑誌の編集長、詩人、作家、彫刻家、フライス工、裁縫師などがいる。このプロジェクトでナレーターとプロデューサーをつとめている有名女優のインゲボルガ・ダプクナイチェ氏は、ソ連唯一の視・聴覚障がいを持つ病理学者、教師、作家、詩人だったオリガ・スコロホドワの心に響く話を語っている。
「人はそれぞれ違い、異なる能力を持っている。私たちは自分たちと違う人を顧みないことが多い。これは私たちの無知。この演劇は出会い、互いを知る試み」とダプクナイチェ氏。氏は多くの慈善活動に参加しており、このプロジェクトに関わった後、企画している視・聴覚障がい者支援基金「結束」のプロデューサーになった。
演劇案は1年前、基金の理事会の会合で芸術監督エヴゲニー・ミロノフ氏によって提案された。インスピレーションの源となったのは、イスラエルの劇場「ナラアガト」。こちらの劇団は視・聴覚障がい者のみで構成されている。
新たな「ふれあい」
観客が演劇「ふれあい」で新しい世界を知り、涙をこらえている一方で、俳優も忘れられない感動を受けている。パントマイムやダンスをして、歌っている俳優の喉に触れて音楽を聞き、障がいのない俳優と手をとりあって走り、微笑んでいる。
視・聴覚障がいを持つ女優で詩人のイリーナ・ポヴォロツカヤ氏は、この演劇の経験によって解き放たれ、自分に自信がついたと話す。「動きや造形の面で多くを得た。普段の生活でも前より自由に感じる。この経験で自分の状態を受け入れることができたし、触覚や臭覚という他の感覚をもっと活用できるようになった」
演劇が終わった後、観客は大きな”拍手”を送り続ける。木製の床を足で叩き、その振動を通じて自分の感動や感謝の気持ちを伝える。観客は香りや接触を通じて自分の世界を感じるだけでなく、異なる目で自分自身を見つめることができるのだ。
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