車上のKGB:ソビエト・ロシアのシークレットサービスの車両8選

エカテリーナ・チェスノコワ撮影/Sputnik
 これらの伝説的な黒い車は、敵国のスパイだけでなく、ソビエト市民にも恐怖心を植え付けた。ソビエトの一般の車よりも速く馬力のあったこれらの車両は、外国の外交官が運転するメルセデスやBMWをも追跡できた。

1.GAZ-A

 1920年代、ソビエト内務省が容疑者の尾行や追跡に使う車はすべて外国製だった。外国製の車を街中で見かけることは稀だったため、密かに監視を行うという努力はほとんど無駄だった。1932年、フォード・モデルAをライセンス生産したソビエト初の量産車GAZ-Aが誕生したことで、この問題は解決された。こうしてソビエト当局に採用されたGAZ-Aだったが、速度が遅く、乗り心地も悪く、あまり頼りにならないことが分かった。

2.GAZ-M1

 1936年、NKVD(KGBの前身)は、GAZ-Aをより成功したモデルGAZ-M1に更新した。残念ながら、この車はソビエト弾圧期の悲劇の象徴となってしまった。大粛清期に「民衆の敵」を逮捕するのに用いられたのだ。

3.GAZ-11-73

 GAZ-M1の改良版であるGAZ-11-73は、4気筒エンジンに代えて強力な6気筒エンジンを搭載していた。しかし第二次世界大戦の勃発で、生産にかなりの支障が出てしまった。この車のエンジンが軽戦車や自走砲に利用されたからだ。

4.GAZ M-20G

 戦後10年近く、ソビエト当局はドイツ軍から奪った車や、米国の武器貸与法で貸し出された車を使用していた。こうした車は速くて力強かったものの、ソビエトの街中で目立たず行動するにはやはり理想的ではなかった。1956年になってようやくGAZ M-20G「ポベーダ」が現れ、シークレットサービスの需要を満たすようになった。外見は一般的なGAZ M-20Gと相違なかったが、一般車両の最高速度が時速105キロメートルだったのに対し、当局の車は時速132キロメートルまで加速することができた。

5.GAZ-23

 1960年代、GAZ M-20GはGAZ-23「ヴォルガ」に更新された。この車両はKGBとワルシャワ条約機構加盟国のシークレットサービス用の特別仕様車だった。一般の人々も、共産党の役人も、これを購入することはできなかった。

6.GAZ-24-24

  次に現れたGAZ-24-24の最高速度は時速170キロメートルで、ソビエト製の車の中では最速だった。GAZ-24と外見は全く同じだった。だが、KGBの車は装備が重く車体が沈んでいたため、見分けることができた。車体の底には、一つの排気口にまとめることで一本の排気管と見せかけた2本の排気管を見ることができた。

 KGBに対する恐れから、ヴォルガをめぐってはさまざまな神話が生まれた。1960年代から1970年代には、ポーランドやハンガリーで「黒ヴォルガ」に関する都市伝説が流布した。「血にまみれたKGB」や神父、修道士、サタン信奉者、吸血鬼、悪魔がこの車を運転し、幼い子供を誘拐して、その臓器を西側やアラブ諸国に売り飛ばしているというものだ。

7.GAZ-31013

  KGB最後の車の一つ、GAZ-31013は、1980年代初めに現れた。外国の外交官の乗った車の追尾だけでなく、ソビエトの指導者らの護衛にも使用された。

8.ファリカトゥス

 ソビエト連邦の崩壊に伴い、ロシアの連邦保安庁(FSB)はあらゆる世界最速・最強の車を手に入れられるようになった。こうして国産車を改良する必要性はなくなっていった。しかし今日、FSBは特殊部隊用の車両を開発している。最近の試作品の一つ、最高機密扱いのファリカトゥスは、その並々ならぬ外見と未来的なイメージから、「バットモービル」ないし「ムーンウォーカー」と呼ばれている。

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