AP通信撮影
毎年、歩兵分隊は舗道で規則正しい行進の足音を響かせ、その後ろでさまざまな種類の装甲車がゆっくりと、荘重に進む。パレードを見ていると、なぜ参加者はこのように一糸乱れぬ動きができるのだろうと不思議に思えてくる。
軍事的“芸術”と最新兵器の力強さを示すこの大規模なイベントの準備は、前年の秋にすでに始まっている。軍事大学、軍事学校、部隊では、優秀な学生や兵士の選抜が行われる(学業や隊列などで判断)。外見が特に重視されるということはないが、旗手のグループには背の高い若者が選ばれ、その外見には共通性がある。
動きは単純だが
パレードの参加者には、正しい動きが教えられる。1分間に20歩、1歩が90センチメートル、1万1000人の列が15分間で通過。正確にそろった横列の線を維持し、行進のリズムを守り、旗、楽器、武器を持つ。つまずいたり、よろけたりしてはいけない。
横列のリーダーは右側を歩き、歩幅と横列の距離を指定し、速度を厳格に守る。残りの横列の兵士は右4人目の兵士の胸を見なければいけない。互いの距離を保つために、行進しながらひじを一定の角度に維持する。動きを維持するもうひとつの秘密は、ブーツにくくりつけられる「鈴」と呼ばれるもので、これによって舗道を踏む音が大きくなり、行進が正しく行われているか否かがわかる。
最初は20人1列で練習を行い、歩調がそろうようになったら20人10列の「箱型」行進を始める。観衆の目に触れるのはこの形だ。各部隊から3”箱”100人ずつ(将校を除く)が参加する。
厳しい練習で失神者も
パレード参加者は初春、週に数回受け持ちを離れて、赤の広場が再現されている訓練場へと向かう。訓練場では歩兵部隊、装甲車、軍用機の通しの全体練習を行う。赤の広場のパレードの元参加者で、退役中佐であるユーリ・チャルシュニコフ氏は、ロシアNOWにこう語った。「練習はとても過酷で、失神する者もいる。身じろぎひとつせずに長い時間立っているのは、誰にでもできることじゃない。解決策はひとつ。パレードの『箱』の中にアンモニア水のアンプルを持ちこむ。ひどい臭いでしゃきっとする」
機械を操縦する兵士には別の問題がある。戦車兵や地対空ミサイルの運転手は1センチメートルのレベルまで列をそろえ、他と同じ速度で動かさなければならない。空でくさび形を描く航空機は、互いに距離を保ち、同じ速度で正確に飛行しなければいけない。異なる飛行特性、速度、高度の航空機がパレードに参加するため、これは非常に難しい課題だ。
訓練場でのパレードが自然なレベルに達したら、いざ赤の広場での全体練習だ。戦勝記念日の数日前になると、軍用自動車通過などのために、モスクワ中心部の道路の一部は封鎖される。無限軌道が道路や舗道を痛めないよう、特別なアスファルト走行用のカバーを履いた戦車や榴弾砲を、手の届く距離で見ることができる貴重な瞬間だ。上空では高度わずか300メートル付近を、戦略爆撃機Tu-160、大きなAn-124ルスラン、An-22アンテイ、”円盤”付きの早期警戒管制機A-50が飛行する。
何ヶ月にも及ぶ過酷な練習が終わりを迎える。全体練習の動きはとても正確に調整されていて、心配には及ばない。5月9日の戦勝記念日の軍事パレードは伝統、そして国の軍事力のデモンストレーション。練習の成果がここで発揮される。
戦勝記念日軍事パレードの事実
パレードは厳格に軍事手順に従い、隊形とりから始まる。次にロシア国旗と勝利旗が運ばれる。パレードの音楽も、アレクサンドル・アレクサンドロフの「聖なる戦い」と定められている。
パレードを迎えるのは連邦国防大臣。パレードの指揮者は準備完了を報告し、次に司令官が自動車ZIL-115に乗り、パレードの軍人に挨拶をする。
パレードはモスクワ軍音楽学校の学生ドラム隊から始まり、後に第二次世界大戦の軍服を着たモスクワの学校の学生が続く。その後軍のさまざまな分隊が続き、スヴォーロフ陸軍幼年学校の生徒が最後尾を飾る。
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