11月4日「民族統一の日」にあたり

画像:ドミトリー・ディヴィン
 ロシアは11月4日に祝日「民族統一の日」を祝う。これは2005年に制定された、比較的新しい国の祝日である。

拭えない「取ってつけた」感じ

 この祝日ができた理由はわかりやすい。第一に、160以上の言語が飛び交い、世界中のさまざまな宗教を信仰する数十の民族が暮らす国では、統一が平和な共存および国家の発展に欠かせない唯一の理念になるからだ。第二に、ソ連国民の祝日ではない、新たなロシア国民の祝日と、新たなシンボルの制定が必要だったからだ。11月7日(ソ連の1917年10月革命記念日)に近く、ソ連の伝統と競えるような祝日をつくるため、何らかのできごとを探さねばならなかった。

 ロシアからポーランド軍を放逐し、ミハイル・ロマノフをロマノフ王朝の最初の皇帝に選んで、大動乱を終焉させた17世紀初めに歴史的ルーツを置き、民族統一の日とした。重要で国家的に妥当な祝日である。しかしながら、私の考えでは、この日は必要な情動感染すなわち盛り上がりを失ったし、取ってつけたような国家の記念にはどうしても無理が生じてしまう。

 現代ロシアには、5月9日の独ソ戦と第二次世界大戦の戦勝記念日ほど団結させる力のある祝日は他にないと言える。この戦争はいまだにすべてのロシア国民の心の中に存在するし、運命、人間関係に影響をおよぼしている。戦争の記憶、また両親、祖父母、勝利への誇りは、当然ながら、ソ連そして新しいロシアの歴史を一つにする。現代ロシア人のソ連についての意見はさまざまだ。

 

ソ連人と現代ロシア人

 現代ロシア人はソ連人よりも自由な考え方をする。ソ連で夢に見ることさえはばかられた人権すべて、具体的には移動の自由の権利、言論の自由の権利、財産の権利を、憲法で獲得している。現代ロシアは資本主義国であり、同時に国は国民に対する社会的責任を維持しようとしている。現在の経済状況において、これは並大抵のことではない。社会生活における宗教の役割も変わった。現代ロシアの憲法で信教の自由が保障されると、国内のすべての伝統的な宗教であるロシア正教、イスラム教、ユダヤ教、仏教が発展を始めた。多宗教ゆえに、どの宗教も国教にはなり得ないし、そもそもロシアは世俗国家である。

 ソ連は教養のある国民を残した。文化的素養の高い人は、現代に対して難しい観点を持つ傾向にある。ロシア人を、その観点の過激さから、交渉の難しい人とイメージするのは、完全に間違っているのではないかと思う。頑固さはロシア人の特権ではない。困難、劇的な状況では、妥協点を見つけることができる。無視されることを嫌うだけだ。ロシアの優れた作家はこう言った。「ケンカでは救えないが、戦争では勝てる」と。国の試練は、通常、国民を固く団結させる。アメリカと欧州連合(EU)がロシアに対して経済制裁を適用したことで、国民の大多数が一つになり、ウラジミール・プーチン大統領の支持率があがった。だが、現在の状況において、世界に対して鎖国することを、ロシア政府はまったく望んでいない。ロシアの政策は、どれほど痛みを伴う問題であっても、各国と対話を続けることを大切にしている。

 

愛国心を政治的に利用するのは危険

 今日、かなり頻繁に、また私からすると誤って、愛国心が一種の国家イデオロギーと見なされている。このような解釈は正しくないと思う。愛国心とは、政治的信条とは無関係な、両親に対する愛のような普通の人間の感情である。その表現の仕方は、当然ながら、しつけによって個人差がある。大切なのは、社会および一人一人が、愛国心と国粋主義の違いを理解することである。

 愛国心がすべての民族にあるということを忘れてはいけない。ロシア人でも、タタール人でも、バシキール人でも、チェチェン人でも。当然のことながら、それぞれの民族に自分たちの言語、自分たちの習慣、伝統、行動規範、芸術文化という無形遺産が存在している。同じ言語学的グループに属している、あるいは共通の宗教に属している民族の中でも、何から何まで一致していることはない。それがゆえに、民族関係のような非常にデリケートな部分では、極めて慎重でなければならないのである。ロシアは、多文化主義と一種の全国民的な行動規範が結びついている国。共存するさまざまな民族の利益のバランスを維持するのが、時に極めて困難であることも事実だ。

 ロシアは変化の国であり、さらに慣性力も強い。これは国に暮らす人に影響を与える広大な国土、悲劇的な歴史と関係している。このロシアの生活の保守主義について、アンドレイ・コンチャロフスキー監督は最近、映画「白夜と配達人」を制作している。2013年5月に亡くなったアレクセイ・バラバノフ監督は、2000年代の自身の映画で、ロシア史の急変部分を経験したロシア人の、気まぐれな気質を深く探った。

 また、上の世代の巨匠から創造的な若者までのロシアの映画関係者は、「人間と戦争」というテーマに着目し続けている。このテーマはロシア生活とロシア文化に完全に入り込んだ。

 一生とは祭典を待望することだと感じる人もいるだろう。だが人生自体が、逃してはいけない偉大なる祭典。人間の生活に下書きなどはなく、我々は常に清書を生きているのである。

 

ミハイル・シュヴィトコイ、政治家、連邦文化大臣(2000~2004)、連邦文化・映画局長官(2004~2008)、モスクワ大学文化政策・人文分野管理高等学院指導教官(現在)