取引かPRか、はたまた・・・

プーチン大統領は、12月20日、脱税、横領などの罪で10年以上収監されていた元石油大手ユコス社長のミハイル・ホドルコフスキー氏(50)に恩赦を与えた。この釈放劇には謎が多く、時期的に、他のいくつかの出来事と奇妙に一致している。格好のスリラーの素材になりそうで、トム・クランシーが死んだのが改めて惜しまれるほどだ。スパイ小説ばかりか波乱万丈のロマンさえ考えつけそうだが、事実は恐らくずっと単純だ。

コンスタンチン・マレル

 

西側との取引の結果

 ホドルコフスキー氏の釈放は、楽観主義者たちがいくら歓喜しようと、実際には、「ロシアの人権運動の勝利」などではない。なるほど、人権活動家だけでなく錚々たる実業家の面々が一度ならず釈放を主張したのは事実だが、この釈放は彼らに対する「賜物」ではなく、西側との取引の結果にほかならない。

 そこにはいくつかの要因がある。最も見えやすいのは、ソチ冬季五輪を控えての国のイメージアップだ。

 

状況証拠としての「偶然の一致」

 ホドルコフスキー氏の釈放で、多くの人が、1974年2月の作家ソルジェニーツィンのソ連追放を思い出した。また、その釈放、出国の仕方で、スパイ交換も連想した。ちなみに、12月20日が「チェキストの日」だったというおまけも付いている(1917 年12月20 日、KGBの前身であるチェーカー〈反革命・サボタージュ取締り全ロシア非常委員会〉が創設された)。もっとも、これは単なる偶然かもしれないが、こうした状況にみんなが驚き、ホドルコフスキー氏釈放における「ドイツの影」が云々されることになったわけだ。

 

偶然の一致2:ロシアのスパイ摘発

 覚えている人は少ないだろうが、今年夏に、ドイツのシュトゥットガルトで、20年間にわたりロシアに機密情報を流し続けていたドイツ人夫妻(実はドイツ人ではないかもしれない)がスパイ罪で告発された。裁判では、アンシゥラク夫妻(夫はアンドレアス、妻はハイドラン)の本名も身元も明らかにすることはできなかったとされる。

 どうやらこれは、古典的なスパイ活動だったようで、ロシアは、北大西洋条約機構(NATO)のアフガニスタンにおける軍事行動、東ヨーロッパにおけるミサイル防衛網(MD)設置、さらにドイツとアメリカの関係などについて、機密情報を得ることができた。

 夫妻が米連邦捜査局(FBI)に「引き渡された」のは、2011年10月のこと。それで、FBIのほうも、西側に寝返ったアレクサンドル・ポテエフを通じて、ロシアのスパイや協力者のネットワークに関する情報を入手できた。

 ところで、夫妻の弁護人ホルスト・ディーター・ペチケが、その当時、既に「交換」に関する交渉が進められており、「もういつでも交換が行われる可能性がある」と述べていた。

 ドイツのメルケル首相とプーチン大統領が非公式に会った際に、この問題が取り上げられたという情報もある。もっとも、両国のいずれのスポークスマンもこれを否定したが。いつ、どこにアンシゥラク夫妻が姿を現すか、見物ではないか。無論、我々がそれを目にすることができればの話だが。 

 

偶然の一致3:マグニツキー・リスト

 もう一つの「交換」は、ホドルコフスキー氏釈放の当日、12月20日の米国政府の決定から透けて見えよう。この決定は、これより1週間ほど前になされると思われていたのに、なぜか延びていた。いわゆる「マグニツキー・リスト」を拡大するか否かという問題だ。

 昨年、米国では、ロシアの弁護士セルゲイ・マグニツキー死亡事件を発端とした「マグニツキー法」を採択した。これには、ロシアの一部政府関係者に対する入国禁止条項が盛り込まれている。

 マグニツキー弁護士は、5億ドル相当の税金詐取を税務警察の人間による犯行とみて、告発しようとしたが、当の税務警察の手で2008年1月に逮捕され、刑務所に1年近く拘禁された末、2009年11月に膵臓の機能不全で死亡した。

 アメリカ上院筋によると、今回の決定のつい1週間ほど前には、マグニツキー・リストは、さらに20名ほど拡大され、そのなかにはロシアの軍・治安機関の高官も含まれるとみられていたのに、なぜかそれは起らなかった。上院議員たちにとっては、まさに寝耳に水だった。

 もちろん、ホドルコフスキー氏釈放は、その原因ではないかもしれない(少なくとも唯一の原因ではないだろう)。現在、露米両国間では、シリア、イランをはじめ、一連のデリケートな問題が話し合われている。「石を投げ合う」時期ではない。これは単なる偶然の一致にすぎないかもしれないが・・・。

 

偶然の一致4超大物の来訪 

 とはいえ、もう一つ、偶然の一致がある。ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官の10月末のモスクワ訪問だ。彼は、プーチン大統領、セルゲイ・イワノフ大統領府長官と会談した。何を話し合ったのかは、誰も知らないままだ。

 米プロバスケットボールNBAの元スター選手、デニス・ロッドマン氏(52)が、しばしば北朝鮮を訪れているが、キッシンジャー氏の訪問は、これとは次元が違う。

 同氏は、米政府の最もデリケートな依頼を果たしているほか、強力な「キッシンジャー協会」(これは、JPモルガンやゴールドマン・サックスなどとつながりがある)を代表している。言ってみれば、“世界政府”、“世界金融システムのフリーメーソン”、その他何と呼んでもいいが、その一部をなす組織のご本尊であり、その金融システムは、石油・ガスのプロジェクトにも、当然、興味をもっている。

 その金融システムの「アグレマン」(承認)なしには、世界的な規模の取引の多くがなされない、などと言われている。

 

偶然の一致5:石油プロジェクトの協定 

 さて、そのキッシンジャー訪露の後、11月12日に、ホドルコフスキー氏は、恩赦を請願するよう言われている。そして、その直後に、露石油大手「ロスネフチ」とエクソンモービルが、何回目かの重要な協定を結んだ。石油掘削に際し、米国がもつ先端技術を使えるようにするものだ。これも偶然の一致だろうか。

 これらすべての偶然の一致が意味するのは、ロシアと西側の間に、高いレベルでの信頼関係と協力のチャンネルが残っていることだ。そのおかげで、双方の関係は、手放しの憎悪に満ちたヒステリーに堕さない。結構なことではないか。

 

ホドルコフスキー氏の今後は 

 今後、ホドルコフスキー氏はどうするのだろう?彼はいくつかの義務を負っているかもしれない。ベルリンでの記者会見は、そうした印象を強めるものだった。仮に、何らかの義務を負っているとすれば、彼はそれを守るだろうし、プーチン大統領も、彼を釈放するに当たり、それを確信していただろう。

 ホドルコフスキー氏は今や、政治活動は行えないのだろうか――とくに、ロシアのブロガーで野党勢力の指導者であるナヴァリヌイ氏のようなスタイルでは?

 然り。もっとも、今のロシアの政治状況では、いずれにせよ、ホドルコフスキー氏が入り込む余地はなかったろうが。

 

“義務つき釈放”か? 

 同氏は、ユコスの資産を“引き継いだ”ロスネフチに対して訴訟を起さないとか、口座を凍結しないとかいった義務に縛られているだろうか?ありそうなことだ(そんなことを書いた手紙を、ホドルコフスキー氏は、プーチン大統領への恩赦請願の書類に添えたのではないか)。だとすれば、ホドルコフスキー氏は、政治的にのみならず法的にも危険な存在ではないことになる。

 10年間におよぶ収監の後で釈放されるのは、一種のショックであり、ホドルコフスキー氏はまだ我に返りつつある状態だと思う。服役の期間は、彼が富裕であった時期と同じくらい長かった。彼の人生劇場の第三幕は、単に自分と近親者のための個人生活ということになるかもしれず、それが一番分かりやすい展開かもしれない。