ロシア正教会の12大祭(復活祭以外)

Mikhail Tereshchenko/TASS
 東方正教会には、現地の聖人や出来事を祝う祭日や記念日がたくさんある。しかし以下の大祭はキリストの生涯の大きな事件を記念したり、聖母に捧げられたりしたもので、最も重要な祭日として広く祝われている。

 正教会の暦における最大の祭日は復活祭(復活大祭)で、イエス・キリスト(イイスス・ハリストス)の復活を祝う。ロシアでは、クリスマス(降誕祭)よりも盛大に祝われる。ちなみに正教会とカトリックとで復活祭の日付が一致するとは限らない(その理由や、伝統の違いについてはこちら)。

 ロシア人は復活祭が大好きだ。理由はキリストへの愛以外にもたくさんある。とりわけ、厳しく長い四旬節(大斎)が終わり、真の春が訪れる(たいていこの時期に一年で最初の暖かい日々がやって来る)ことが挙げられる。復活祭にはかなり儀礼的な伝統もある。人々は卵に色を塗り、創造的な装飾を行う。「クリーチ」という復活祭のパンを焼き、「パスハ」(ロシア語で「復活祭」の意)と呼ばれるカッテージチーズのデザートを作る。復活祭の土曜日、人々は教会の外に並び、自分たちの卵やクリーチを浄めてもらう。そして日曜日の朝にこれらを食べる。

 復活祭の他にも、ロシア正教会で祝われる重要な大祭が12ある。

 

1. 生神女誕生祭 

『生神女の誕生』

 イエス・キリストの母、聖母マリア(生神女)の誕生祭はふつう9月21日に祝われる。同時に、この日の9ヶ月前の12月9日には「聖アンナによる生神女懐胎」が祝われる(正教会にはこの両日に捧げられたイコンがある)。聖アンナと聖ヨアキムには長らく子がなく、懐胎は彼らが聖地エルサレムを訪れている時に起こった。

 

2. 生神女進堂祭 

 キリスト誕生以前の聖母マリアの生涯の出来事にまつわるもう一つの大祭が、至聖生神女進堂祭だ。マリアの両親は彼女をエルサレム神殿に連れていき、子を授けた神に感謝した。

 

3. 主の降誕祭 

『キリストの降誕』、アンドレイ・ルブリョフ、15世紀

 カトリックとは異なり、正教徒は1月7日にクリスマスを祝う。この違いは1917年の革命後にロシアで改暦が行われたことに起因している。その後長らく、降誕祭は密かに祝われていた。ソビエト当局は宗教と宗教関連の祝日を禁止していたからだ。政府は代わりに新年を新たな国民的祝日とし、クリスマスの埋め合わせをしようとした。

 現代ロシアでは、降誕祭は今も静かに祝われている。ふつうは家族や友人など近しい人々だけで祝い、プレゼントも用意しない(プレゼントは大晦日に用意される)。長い新年の祝日の一部として休日ではあるが、たいていクリスマスの後すぐに平日が始まるため、祝い疲れた人々は最後に休息を取ろうと努めるのだ。現代のクリスマスと、それが人々にとってもっと大きな意味を持っていた帝政期のクリスマスの祝いについて詳しく読むにはこちら。

 

4. 主の洗礼祭

 1月19日、イエスの洗礼祭がロシア全国で祝われる。この頃の気候は例年非常に厳しく、「洗礼祭寒波」というフレーズまである。伝統に従い、洗礼祭の前夜と洗礼祭当日の終日、人々は「ヨルダン」と呼ばれる、凍った水面に十字型に開けた穴に潜る。この行為はキリストの洗礼を象徴するが、イエスが温暖な地域で暮らしていたことを踏まえればおかしな話である。ロシアの洗礼祭の様子を写真でご覧ください。

 

5. 主の迎接祭 

 イエス・キリストが神に捧げられたことを記念する大祭は2月15日に祝われる。正教会の教会では大規模な礼拝が行われ、鐘が打ち鳴らされる。現在この大祭はロシアで広く祝われているわけではない。信徒は教会に行ったり、単にこの日のことを思い起こしたりする(そして激しい仕事は避ける)。しかしかつてのロシアではこれは大きな祭日で、人々は何かあるとこの冬の祭日に関連付けて「迎接祭に起こった」や「迎接祭の前週に起こった」などと言ったものだった。今でも年配の人からこうした言い回しを聞くことがある。

 

6. 生神女福音祭 

『生神女福音』、14世紀

 この大祭は、天使ガブリエルが聖母マリアに処女のまま受胎したこと、またその子が神の子として救世主になることを告げた出来事を記念している。ロシアで最も好まれている祭日の一つで、正教会の伝統では4月7日に祝われる。ロシアにはこの大祭に捧げられたイコンや教会が数多くある。

 

7. 聖十字架挙栄祭

聖コンスタンティヌスと聖ヘレナがイエス・キリストの十字架を提示している。

 聖十字架挙栄祭は正教会では9月27日に祝われる。この大祭は真の十字架が見つかったことを記念している。伝承では、コンスタンティヌス大帝の母太后ヘレナが300年頃に発見したとされる。彼女は発掘調査を主導したが、その結果異教の神殿に洞穴があり、そこに3つの十字架があるのを見つけた。病んだ女性がこの十字架の一つに触ると病が治ったことから、これがイエス・キリストの十字架だと断定された。この大祭はエルサレムに聖墳墓教会が建立されたことも記念している。ロシア正教徒は徹夜をし(寝ずに一晩中祈る)、終日斎戒を行う。

 

8. 五旬祭 

『至聖三者』、アンドレイ・ルブリョフ

 ロシアでは「至聖三者の日」と言う。五旬祭は復活祭から数えて50日目(つまり復活祭後8週目の日曜日)に祝われることを意味する。したがってこの大祭の日付は毎年移動する。2022年は復活祭が4月24日であるため、6月12日となる。至聖三者はロシアで最も崇拝される図像の一つで、中世のイコン画家アンドレイ・ルブリョフが描いた有名なイコンがロシアで特に広く知られている。

 

9. 聖枝祭

 復活祭の前週の日曜日はキリストがエルサレム入城を記念している。ロシア正教会の典礼では、復活祭の前週は「花の週」と呼ばれる。西方教会では「枝(棕櫚)の主日」と呼ばれるが、ロシアでは「柳の主日」である。ロシアではほとんどの地域で棕櫚がないため、一般的でかつ蕾が特徴的な柳の枝に置き換わったのだ。このため、ふつうロシア人の家では、ふさふさの蕾を持つ柳の枝が飾られている。

 

10. 主の昇天祭 

『キリストの昇天』、1542年

 復活の40日後、キリストは地上を離れて昇天した。この日は常に復活祭から40日目に祝われる。教会関係者はこの大祭を重んじているが、ロシア人は復活祭後の日曜日を祝うのを好む。人々の間ではこの日を「クラースナヤ・ゴールカ」(「赤い山」)と呼んでいる。キリストが復活から8日目に使徒トマスの前に現れたことを記念している。ロシア人はふつう親族の墓を訪れ、復活祭で余ったクリーチや卵を置いていく。

 

11. 主の顕栄祭

 この顕栄(変容)祭は、使徒ペテロ、ヤコブ、ヨハネが山の上で祈り、キリストが彼らと語らったことを記念している。この祝日は8月19日に祝われ、ロシアの民間の伝統では、「救世主林檎祭」あるいは「林檎の救世主」と呼ばれている。この頃に初めてリンゴを収穫して食べることができるため、スラヴ人の農民は盛大な祝いをしたのだった。

 

12. 生神女就寝祭

『生神女就寝』、フェオファン・グレク、1392年

 8月28日、ロシア正教会は生神女マリアの就寝を記念する。これは悲しい出来事ではない。キリスト教徒は、マリアが苦しむことなく非常に安らかに世を去ったと信じているからだ。大聖堂や修道院がこの出来事を記念して名付けれられることが非常に多い。ロシアのイコンはふつう、告別と葬儀のために集まった全使徒と、マリアの魂を抱くキリストの姿を描いている。ちなみにロシア正教会はカトリックとは違って「聖母の被昇天」は祝わない。

もっと読む:

このウェブサイトはクッキーを使用している。詳細は こちらを クリックしてください。

クッキーを受け入れる