エルブルス山の頂上に登ったプロのガイド
yanik88/Getty Images9月22日から23日にかけての夜中、19人のグループがエルブルス山のセドロヴィナ峠に向かって出発した。海抜5,416メートルにある山頂を目指す登山路の出発点である。風は強かったが、天候は「安定している」と考えられた。登山ツアーを組織したデニス・アリモフは後に、「わたしたちは夜中に歩きました。天候が良い時間があったのです。理想的とはいえず、最高の天気でもありませんでしたが、5日以内に登頂するには出発するしかなかったのです」と語っている。
頂上まであと100メートルというところで、天候は急変した。風がさらに強くなり、気圧が下がった。これを受けて、ツアーに参加していたネイリストのアンナ・マカロワの体調が悪化した。そこで彼女をセドロヴィナ峠に下ろしたが、高度が下がったことで、体調はさらに悪化した。彼女は意識を失い、1時間後にガイドの腕に抱かれて息絶えたのである。「ガイドは塩化アンモニウムを嗅がせたり、お茶を飲ませたりしましたが、状態を変えることはできませんでした」とアリモフは打ち明ける。
救助隊はグループのメンバーを下ろしている。
Sputnik その間にもグループの他のメンバーたちは登頂を目指していた。しかし、まもなく、視界が50センチほどに狭まり、激しい雪が降り始め、気温はマイナス20度まで下がり、風は秒速40〜70メートルにまで強まった。そこで一行は登頂せずに、ロープを使って下山し始めた。しかしそれもうまくいかないことに気がついた。「わたしたちは道に迷い、100メートルほどツルツルの氷の上を滑っていきました。アイスピックを氷に突き刺すこともできませんでした。ある青年は足を骨折しました。わたしたちはすぐに非常事態省にSOSを送り、居場所を知らせました。2時間ほど待ちましたが、救助は来ず、青年はさらに下へと滑落しました」とグループの一員だった音楽家のドミトリー・パラヒンは語っている。
行動の遅れは運命的なものとなった。負傷した足の手当をしている間に、他の参加者たちは凍え始めた。山のトランシーバーは機能しなかった。そして救助隊と連絡が取れたときにはすでに17時になっていた。連絡をとるのに成功したのは、ネイリストとともに日中の間に下に降りたガイドであった。それから2人が意識を失い、その場で死亡。また別の2人は救助隊の担架の上で亡くなった。ガイドたちもひどい凍傷や負傷を負い、1人のガイドは強い雪のせいでほぼ視力を失った。
概して、ヨーロッパでもっとも高いエルブルース山(高さ5,642メートル)への登頂は技術的に難しいものでないことから、危険はないと思われやすい。実際、この山に登るのにそれほどの経験は必要ない。ルートから外れさえしなければ、カラビナや登山鉤、ロープが必要となるような崖を登ることもなく、ただ上を目指せばいいだけである。そこで、エルブルース山には、まったく登山が初めてという人が訪れる場合も少なくない。会社員が「社員旅行」と称して登山したり、年金生活者やティーンエイジャーもこの山にやってくる。世界中から毎日数十人がこの山を訪れるのである。エルブルース登頂を謳ったツアーは非常に人気がある。しかし、毎日、この山では平均15〜20人が命を落としている。この数字は、容易に登れると言われている山にしてはあまりにも多い。
エルブルス山にはいくつかのルートがある。北から、東から、西からの登山ルートがあるが、もっとも登りやすいと言われているのが、南のテルスキー村からのルートである。そこでほとんどのグループが南からのルートで山を登り始める(2021年9月に死者を出したグループもそう出会った)」
「エルブルースの登頂は、簡単だと思われているのですが、それはロープウェイがあるからでしょう」と話すのは登山家で、レッド・フォックス・エルブルース・レースの審査員を務めるアレクサンドル・ヤコヴェンコ。ロープウェイは3,850メートルまで続いており、人々は、頂上までの距離のほぼ半分を椅子に腰掛けたまま克服することができるのである。またそこからさらに1キロ、つまり4,800メートルまでは雪上車またはスノーモービルで登ることもできる。そうすれば実際に足を使って登る距離はそれほど多くないことになる。ヤコヴェンコは、当時14歳の娘を連れて頂上まで行ったと語る。
「エルブルース・クライミング」社(ブランド名を変更するまでは「ストラフー・ニェット(恐れはない)」社として知られた)を経営するアレクサンドル・スハレフは、ロシア・ビヨンドからの取材に対し、エルブルースは登山には易しい山だと主張し、技術的な困難はなく、山に雪崩の危険がある場所もないと言う。 「少なくとも、観光客が登るルートについては問題ありません。雪崩の危険がある場所は雪が積もる渓谷にしかなく、雪崩はすべて冬か早春には溶けてしまいます。しかし、これは登頂とはあまり関係がありません。エルブルースの難易度は1Bで、これは基本的に健康な人であれば誰でも、特別な準備をしなくても登頂できるというレベルなのです」。
スハレフは足のない青年が最近、登頂したと話す。またクライアントの中に、80歳と80歳以上という高齢者がいたとも指摘する。「80歳を超えていた人の方は、酸素スプレーを持参したのですが、もう1人はそれも持っていませんでした。これがどういう意味かはわかるでしょう」。
エルブルス山のセドロヴィナ峠
Vladimir Smirnov/TASSカリーニングラード出身の29歳のマーケター、ヴィクトル・サレーエフは、昨年8月にツアーに参加し、エルブルス山に登った。「冒険、美しい景色、体力的挑戦のために登りました」と彼は話す。登山の経験はなかったが、ヴィクトルは東からのルートを選んだ。スポーツが得意で、最初から最後まで自分の足だけで登頂したいと思ったからだという。「東からのルートはワイルドなものとされているのです。休憩所もなければ、ロープウェイも、スノーモービルもなく、全行程をフル装備で自分の足で歩かなければならないからです」。
彼はもちろん、10日間、35キロものリュックサックを自分で背負わなければならないことを知っていた。登山の半年前からカーディオトレーニングをし、ジムにも通った。「登山はわたしが想像通りでした。しかし、ツアー会社がこのルートはどんな体力の人にも合うというのは、少し誤解を招くかもしれません」とヴィクトルは言う。「グループのメンバーは全員、登頂できましたが、かなり苦しい思いをし、ほぼ限界だった人もいました」。
エルブルス山に登る前に女性登山家は順応のために散歩している。
Anton Podgaiko/Sputnik近年、エルブルス山での死者の数は増えているが、プロの登山家らは、これは山岳ツーリズムが人気となり、登頂への制限がないことが原因だと見ている。ソ連時代には、エルブルス山に登るのには、救助センターで資格証明書を提示しなければならなかったが、現在は登山客の健康状態や体力の管理はまったく行われていない。
「高度」がどういうものかを誰もが理解しているわけではない。ヤコヴェンコは言う。試験飛行士には、高度3,000メートルで自動的に酸素が注入されるようになっている。「これくらいの高度になると、酸素は地上の半分になります。5,000メートルだとどうなるか想像できるでしょうか。多くの人々の体はそのような負担を受けると耐えることができません」と言い、「難易度の低い山だから恥ずかしいなどと言って、無理をせず、途中でやめることが重要です」と強調する。
2021年5月、ロシア・ビヨンドの記者、ニコライ・リトフキンもエルブルス山に登った。南からのもっとも簡単なルートで、ホテルで宿泊しつつ、である。 グループの半分は、普段から試合を行っている体力のあるボクサーだった。「頂上に登って、そこにリングをはり、試合をしようという計画でした。わたし自身もスポーツをやっていて、そうしたチャレンジが好きなのですが、高い山に登ることであらゆる病が顔を出すとは知りませんでした」。
エルブルス山のそばで15キロずつ順応のための散策をした最初の2日を終えた後、ニコライは半月板の痛みが悪化した。ニコライ曰く「足が動かなくなった」。別のボクサーは4,800メートルの地点で「高山病」にかかった。彼は夜中に、宿泊拠点となっていたボックスから出て、散歩しようとしたが、そこで雪にはまり、自力では抜け出せなくなった。見つけ出されたときにはほぼ意識はなかった。また別のメンバーは、山の上で体温が40度まで上がり、呼吸困難になり、咳が出始めた。実はそのメンバーは新型コロナウイルスに感染していたのだが、そのことに気づかず、山の上でそのことに気づいたのである。「わたしは自分は強い男だと思っていたので、なんとか耐えて、登山を続けました」。しかしエルブルス山はまったく別物である。ニコライは言う。「足が動かなくなったり、酸素不足のために幻覚が見えるようになって、実際にそのようなことが起こるのだということを知りました。そこでわたしは出発地点に残ることにしたのです」。
もう一つ大きな要因は天候の変わりやすさである。天気は半時間でまったく違うものになることがある。2020年に山に登ったヴィクトルは、頂上にはたどり着けなかったという。「低気圧に覆われ(猛吹雪、視界不良、最大風速50メートル/秒)、順応のための登山で、5,100メートルまで登ることができたのですが、そこでテントを張って数日待ち、そこから下山しました」。
エルブルス山に登る登山家のグループ
kozak_kadr/Getty Images 世界のあらゆる場所に関する口コミサイトである「トリップアドバイザー」には、こうした投稿が数多く見られる。「2014年の9月にエルブルス山の西側の頂上に行きました。(中略)4,500メートルの地点で湿った雪が降り、雷も鳴り、服も帽子もテントも破れてしまいました。アイスピックとテントをロープで縛り、わたしたちは走って雷と稲光の中、休憩所に下りました。そこでガイドを伴った外国人女性に会いました。2人は登頂に失敗し、セドロヴィナから下山するところだったのです。上の方はどうですかとわたしたちが訊くと、女性はそれはもう地獄よと言っていました」。
一方で、エルブルス山での犠牲者が出る第一の理由は、実は高山病でもなければ悪天候でもない。こうした状況から人々を「守ってくれる」のはきちんとした資格を持つガイドであるが、実はここに問題があるのである。
「残念ながら、今は誰でもガイドを名乗ることができるのです。エルブルースではひどい状態になっており、誰も管理しておらず、誰もチェックしていません」とスハレフは話す。またカフカスには、こうした民間の企業やガイドは非常に多く、ライセンスもなく、登山チームのリーダーとしての資格を持たずに働いている人が多いとのこと。
「天気の良い日に数回、エルブルースに登った人は、何も難しいことはないと感じ、 簡単にガイドになれると考え、グループに同行したりするのです」とスハレフは言う。
スハレフは、5人が犠牲となったグループに起きたのは、「まったく論理的な結果である」と考えており、「同じ登山で2件の悲劇が起きましたが、これは偶然起きたものではありません」と述べている。最初のメンバーの死は、他のメンバーの死とはなんの関連もないが、共通点はある。それは組織者のレベルの低さである。おそらく今後、捜査では、ガイドに対し、多くの質問が浴びせられることになるだろう。なぜ、ガイドは衛星電話やGPSを持っていなかったのか、トランシーバーは持っていたか。なぜツアーグループなのに酸素ボンベがなかったのか。なぜ天候が悪化したときに引き返さなかったのかなどである。
9月22日から23日にかけての深夜、そこには「エルブルース・クライミング」社のグループも山にいた。スハレフは天気予報は、外出してはいけないというほどのものだったが、観光客らはチャレンジしてみたがった。それは他のグループのメンバーたちも登っていたというところが大きい。
「それで、わたしたちのガイドも試してみることにしたのです。ちょうど少し天候がよくなった瞬間があったからです。しかし、彼はプロのガイドで、状況を読むことができたことから、天候が悪化したのを見て、引き返そうとしました。他のガイドたちが天候は急変したと言っていました。しかし、山ではそのようなことは少ないのです」とスハレフは憤る。「しかし、プロでないガイドであれば、天候が悪化する兆候を見て取ることができないということもあり、そんなガイドにとっては、天候が急変したように思えるのです」。
スハレフは、アンナ・マカロワもおそらく酸素注入できたなら死なずに済んだだろうと指摘する。「しかし、皆、リスクを避けるためにお金を費やしたくはなく、料金の安い会社を選ぶので、同じことが繰り返されるのです」と述べている。
エルブルス山登山中
Milo Zanecchia/Ascent Xmediaエルブルス山で5人のツーリストが犠牲となった4日後、ロシア捜査委員会はツアーを組織したデニス・アリモフを逮捕した。アリモフはピャチゴルスクの「エルブルース・ガイド」社の経営者である。捜査委員会は、アリモフは自ら罪を認め、「詳細な証言をした」という。登頂の際に、月と天候を読み間違えたと告白したらしい。アリモフは2ヶ月間、身柄を拘束されたが、サイトを見る限り、会社は存続し、2022年のツアー客を募集し続けている。
会社のYouTubeチャンネルで、アリモフは登山の準備やツアー会社の選び方、高山病などに関する動画を多数アップしている。その動画の中では高山病にかかった場合は、冷たいハイビスカスティーを飲むようアドバイスし、酸素ボンベについては良くない評価を下している。
アリモフは言う。「我々は酸素ボンベをつけて登山することには絶対、反対です。酸素ボンベが悪いと言うのではありません。酸素ボンベ自体は普通です。しかし、人間の体は酸素ボンベをつけても高度のある場所に適応することはできないのです」。
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