全米オープンを制したダニイル・メドヴェージェフ選手に関する9の事実

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 数学学校の学生がロシアテニス界のスーパースターとなり、ナダルやジョコヴィッチを破るまで。

 テニスの全米オープンで、2021年9月12日、ロシアのダニイル・メドヴェージェフ選手がノヴァク・ジョコヴィッチ選手を破り、グランドスラム初制覇を決めた。

 ジョコヴィッチは、52年ぶり史上3人目となる年間4大大会(全豪、全仏、全英、全米) 制覇を狙っていたが、メドヴェージェフはこの偉業を阻止した形となった。

 メドヴェージェフは主要選手になるまでの長く苦しい道のりを経て、ようやくグランドスラムでの初優勝を果たした。以下にメドヴェージェフ選手に関する10の事実を紹介しよう。

1. プロのテニスプレーヤーとしてはかなり遅い9歳でテニスを始める

 メドヴェージェフはテニスクラブに入るまでにさまざまな活動を行っていた。両親は幼いメドヴェージェフを水泳選手にしようと考えたが、うまく行かなかった。その後、テニスに目覚めるまでは、本人の希望でチェスクラブと絵画教室に通っていた。

2. テニスプレーヤーになる前は、数学学校とモスクワ国際関係大学で勉学に励んでいた

 7年生で数学学校に入学し、14歳になるまで授業には完全な形で出席していた。これも世界の主要選手の中ではかなり珍しいことである(プロの選手は通常、トレーニングに多くの時間を割くため、学校に通う時間を短縮した特別プログラムで授業を受けている)。

 メドヴェージェフはモスクワの国際関係大学にも入学した。しかし1年間学んだ後、プロのテニスプレーヤーの道を選んでいる。

3. 18歳のときにフランスに移住

 18歳になったとき、フランスに移住し、カンヌにあるエリートテニスセンターでトレーニングを開始した。そこで出会ったジル・セルヴァラコーチが、メドヴェージェフを現代のトッププレーヤーの1人に育て上げた。

4. 1年で世界のトップ選手100人に入る

 メドヴェージェフがプロテニスプレーヤーとして大きく飛躍したのは2016年。この年にランキング順位を232上げ、グランドスラム大会でプレーするようになった。

5. 20歳でATP ツアーで決勝進出

 メドヴェージェフは2017年1月、チェンナイ・オープンでATPツア初の決勝進出を果たし、世界的に知られるようになった。当時まだ20歳であった。

6. ATPツアーの後、「キス病」に罹患

 この大会の直後、メドヴェージェフは数週間の入院を余儀なくされた。伝染性単核球症にかかったためである。この病気は唾液で感染することから、「キス病」とも呼ばれる。

 この病気により、ATPファイナルズで勝利することができなかった。

7. 年間賞金は約1,200万ドル

 メドヴェージェフはグランドスラムの中でも最大規模の大会の1つを制し、雑誌フォーブスが選ぶ「もっとも成功しているロシア人(40歳以下の部)」で上位40人入りを果たした。 

 最近の好成績を受けて、メドヴェージェフはBMWとの契約を2024年まで延長し、フランスのアパレル・スポーツ用品ブランド「ラコステ」との間でも2026年までの契約を結び直した。またメドヴェージェフはスイスの高級時計メーカー「ボヴェ」、フランスのテニスラケットメーカー「テクニファイバー」、ロシアのチンコフ銀行ともスポンサー契約を締結している。

 フォーブスによれば、これらのスポンサー契約では、テニス大会での勝利に際し、毎年1,180万ドルが提供されることになっている。

8. スピード狂である

 メドヴェージェフはスポーツカーとスピードを出して運転するのが大好きである。2020年8月にはモナコで時速163キロを出し、運転免許証を取り消されている。

9. 既婚である

ダニイル・メドヴェージェフ選手と奥さん、2020年

 女性ファンにはがっかりかもしれないが、メドヴェージェフは3年前に結婚している。2017年に同じくテニスプレーヤーのダリヤさんに求婚し、2018年9月12日にモスクワで結婚した。 

 メドヴェージェフはテニスプレーヤーとしての生活と私生活を切り離すべく努力している。インスタグラムのアカウントでも、ソーシャルメディア全般においても、夫人をタグ付けしたり、写真を投稿したりしていない。 夫人の旧姓も未だ不明となっている。

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