なぜ「猛禽部隊」がクレムリンを守っているのか?:首都の心臓の敵、それは…

歴史
ゲオルギー・マナエフ
 ワタリガラスはロンドン塔の有名な住人にして保護者だ。モスクワのクレムリンにも、猛禽が「勤務」している。なぜ、またどのようにして、それらの鳥はクレムリンの安全を守っているのか?

 「1960年代、クレムリンを守る連隊には、『カラス駆除部隊』と名付けられた特別部隊があった」。クレムリンの鳥類専門家を統括するキリル・ヴォローニンさんはこう振り返る。

 「この部隊の隊員たちは、クレムリンの建物の屋根裏部屋からカラスを追い払い、開口部と窓を閉め、カラスが屋根裏部屋の中に侵入するのを防いでいた。今考えると、それは本当の戦いだった!」

 鳩、小ガラスもそうだが、とくにカラスはモスクワにはすごくたくさんいて、クレムリンを守り維持する人々にとっては、大いに頭痛の種になり得る。カラスたちは、クレムリンの庭園から花や種子をほじくり、また病気を媒介する。

 糞も問題だ。クレムリンの塔には複雑な建築様式の装飾が施されている。タイルで覆われた高い険しいドームの先端には赤い星がある。これらを清掃するのは大変な作業だから、カラスを追い払ったほうが簡単だ。

 それで1980年代には、クレムリンを守るためにタカを集めた。これはクレムリンにはぴったりの選択だった。ロシア革命以前から、猛禽類はクレムリンとその住人にはなじみがあったからだ。


趣味と実益を兼ねる

 「これは、趣味と実益を兼ねるというものだ」。1656年に時のツァーリ、アレクセイ・ミハイロヴィチは、宮廷の鷹匠のための指針として、自らこう記した。こう書きつつ、若きツァーリは、仕事と娯楽が貴族にとって等しく大事であることを強調した。

 アレクセイ帝の主なスポーツは鷹狩りだった。中世の欧州の王たちにとっても、鷹狩は一般的な娯楽だったが、ロシアでも15世紀以来、人気があり、イワン雷帝も鷹狩を行っていた。

 アレクセイ帝はこの趣味に、年間12万ルーブルという途方もない金額を費やしていた。なにしろ、当時のモスクワでは、質素な住宅なら、建てるのにわずか10ルーブルで足りたのだ。ところが、町や村を所有していた大貴族は、税金、賃貸料、交易などで年間約1万ルーブルも支出できた。

 ツァーリはプロの鷹匠を雇い、彼らは非常な好待遇を受けて、貴族階層に属していた。帝はタカを所有し、モスクワの森で狩りを頻繁に行った。そして毎年、100羽以上の新しい鳥が、彼の必要に応じて購入された。

 モスクワには今でも、タカ(ロシア語でsokol)に由来する地名が二つ残っている。アレクセイ帝のお気に入りの猟場であったソコーリニキ(Sokolniki)地区と、鳥類飼育場の一つがあった「鷹山」(Sokolinaya gora)地区だ。

 しかし当時は、タカが警備上の役割を果たすことはなかった。タカは非常に高価で、ツァーリへの贈り物と考えられていたからだ。

 

タカをオオタカに代える

 最初、クレムリンの警護当局は、録音したタカの鳴き声と叫び声でカラスを追い払おうとしたが、ヴォローニンさんによると、この“空飛ぶ掃除屋たち”は、すぐそれに慣れてしまった。そこで今度は生きたタカを使ったが、やがてオオタカに代えられた。

 タカが獲物をとるときは、空高く舞い上がり、獲物めがけて急降下して、爪で殺す。 失敗すると、それを繰り返す。だが、都市の条件下では、タカが失われかねない。獲物を逃し、建物や地面に激突して死んだり、街で迷子になることがある。

 ところがクレムリンは、大都市の喧騒のど真ん中にあるのだ。タカを脅えさせる騒音もたくさんある。しかもタカは飼育が難しく、高価である。良い鷹は数百万円もの費用がかかることがある。

 それで今では、クレムリンはオオタカによって守られている。この鳥はカラスの天敵だが、タカはカラスではなく主に齧歯類を捕る。また、タカと違ってオオタカは、木の中に隠れて、獲物が現れるのを待ち構え、非常な速さで20~30メートルの距離から飛びかかる。これも、限られたスペースでは具合がいい。さらにオオタカは、世話が簡単で、鷹匠にも慣れやすく、値段もずっと安い(1万9千円~2万9千円)。

 

昼も夜もカラスを警戒

 「クレムリンの敷地の巡回中に、カラスの姿が目に入ったときが、我々がオオタカを放つときだ」とヴォローニンさんは言う。「オオタカがカラスを捕まえると、近寄って、牛肉のようなもっとおいしいものを少しやる」。カラスはオオタカに危険な病気を感染させることがあるので、獲物を食べさせないことが重要だ。クレムリンのオオタカの健康状態は定期的に調べられている。

 また、鳥たちには、GPSトラッカーが尾羽に固定され、脚には小さな鈴がついている。鈴はカラス用だ。カラスは主に音で交信するので、鈴の音で、彼らのハンターがこの領域をコントロールしており、今飛び立ったことが分かる。「オオタカ軍団」の主な目標は、カラスを捕ることではなく、クレムリンから追い払うことなのだ。

 カラス用のオオタカは、6ヶ月間訓練されてから、カラス狩りができるかどうか評価される。飼育されるオオタカは、野生のものよりも少し寿命が延びる。飼育されていると、規則的に餌を与えられ、ちゃんと世話をされて、十分暖かい環境に置かれるからだ。

 通常、オオタカたちは、10〜15年間働く。このくらいの年数は効果的にハンティングできる。そして、その後は引退する。

 「アルファ」という名の、クレムリン最年長のメスのオオタカは、20年以上にわたりカラス狩りをしてきた。「鳥も年齢とともに変化する」とヴォローニンさんは言う。「アルファは、時には息切れがして、定期的なケアが必要になるが、とにかくカラスを捕まえている。たぶんもうスピードのせいではなく、経験の賜物だろう」

 クレムリンは、オオタカ以外にワシミミズクも飼っている。この鳥もカラスの天敵であり、その存在でカラスを脅かす。またワシミミズクは、夜間も捕食を行うので、カラスがクレムリンで夜を過ごすのを防いでいる。

 

*ロシア・ビヨンドの短いビデオで、タカ狩りの秘訣を知ることができる。また、ロシアのおとぎ話が好きな人のためには、ロシアのボガトゥイリ、すなわちロシアの伝説的スーパーヒーローのリストがある。