もちろん、「時は金なり」とか「お金は臭わない」など、世界的に知られた格言も、ロシアでとても人気がある。ちなみに、後者は、税収不足を公衆トイレの有料化で補ったローマ皇帝ヴェスパシアヌスの名言だ。しかしロシアの民間伝承にも、多数の諺、俚諺、金言があり、お金について、金持ちと貧者について、けちと気前の良い人などについて語る。ここにそのほんの一部をご紹介しよう。
コペイカはルーブルの100分の1だ。この単位は非常に小さいから、今も昔もそれで買える物はほとんどなかった。だが、民衆の知恵によれば、コペイカを軽視すべきではない。1コペイカずつ貯めていけば、ついにはルーブルを手に入れられるし、もっと多く貯めることもできるだろう。
このテーマについては、“Ближняя копейка дороже дальнего рубля”「近くのコペイカは遠くのルーブルよりも値打ちがある」という、似たような意味の諺がある。
庶民はもちろん、お金でいろんなものを買えることをよく承知していた。とはいえ、人間性はお金よりも高く評価されていた。人間の絆がお金よりも大切な場合があるのは当然だ。
しかしその一方で、“За денежки и черт спляшет”「お金があれば、悪魔だって踊る」という諺もある。つまり、お金がすべてを決めるということ。矛盾しているが、人生そのものが矛盾しているのだ。
独創的なものはすべてシンプルだ!他人のことを考えずに、ひたすらお金を求めて、友だちをすべて失ったとしたら――。そんな人は誰も幸せではないだろう。そして、お金で幸せを買うことはできない。しかしその反面、こんな諺もある。“с деньгами мил без денег постыл”「金をもっているときはチヤホヤされるが、金がないと冷たくされる」。
グローシは、中世~近代ロシアの2コペイカ硬貨だ。会話では、硬貨やお金をグローシということもあった。この言葉の出てくる諺は多い。誰かに対して「グローシも置かない、払わない」ということは、「何の価値も認めない」、「尊敬しない、感謝しない」を意味する。
大抵の場合、このフレーズは市場で使われた。買い手が売り手と交渉し、こんな品には、摩滅した、あるいは壊れた硬貨さえ払えないよ、と証明するようなときだ。今では、このフレーズは比喩的な意味を帯びている。つまり、それは何の価値もないつまらないものだ、お金なんか払えない、といった意味だ。
やたらと高慢な人間についてこう言う。つまり、実はたいしたやつではないのに、大物ぶって傲慢にふるまう人間だ。そういう人間が庶民から愛されたためしはない。ちなみに、ロシアの通貨ルーブルはこんな外観だ。
красенは、この場合「赤い」ではなく、「良い」「正しい」。ロシアでは、「名誉」の観念はとても厳格で、したがって、借金を返さないのは恥であり、どんなに多額でも必ず返さなければならない。だからロシア人は、『ゲーム・オブ・スローンズ』のラニスター家と同じく、借りは常に返す。
これも、名誉と誠実さについての諺だ。もしいったん約束したら――たとえ、それが口約束であっても――必ず守らなければならない。
これは何の説明も要らないだろう。ところで、これは哲学的な問いだが、賢い人にお金は必要だろうか?というのも、こんな諺もあるからだ。
“Без денег сон крепче” 「金がなければ、枕を高くして眠れる」
“Больше денег, больше и хлопот”. 「金が増えると心配も増える」
あなたはどう思うだろうか?
ほとんどのロシア人は、お金に関してかなり神経質だ。友人に金を貸したがらないし、また友人からの借金は推奨されない。もし誰かが金を返さないと、その人に憤慨し、もうリスペクトしない。まあ何と言っても、“Долг платежом красен” 「借金は返さねばならぬ!」というわけだ。
この生活の知恵は、何世代にもわたって経験で確かめられてきた!すぐ駄目になる安物を買うより、ちょっと金を貯めて良い物を買ったほうがいい…。概して、良いことには金を惜しむべきでない。ちなみに、この諺は、ウラジーミル・プーチン大統領がよく引用する。
こんな諺を考えつくのはロシア人くらいだろう。キノコは晩夏から初秋にかけてしか採れない。その季節は長くない。だが、お金はいつでも稼ぐことができる。だからこれは、やる気を起こさせるための、古いロシア式のやり方だと言える。
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