アジェイ・カマラカラン氏
私は12年前、ムンバイのロシア領事館の外交官で、一人の恩師にフョードル・ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を勧められ、ロシア文学の魅惑の世界に引き込まれた。非常に哲学的なこの本は、ロシアの魂を理解するための果てしない旅へと私を導いた。冷戦の終わり頃アメリカで育った私はロシア文学の宝庫について何一つ知らなかったが、ひとたびドストエフスキーを読み、その虜になった。
ドストエフスキーとサンクトペテルブルクほど密接な繋がりのある都市と作家はないかもしれない。『罪と罰』と『白痴』座右の書とする私はロシアの北の都へ旅立った。
前者は、19世紀ロシアの学生や貧しい若い人々の生活の様子を描き、後者は上流階級を映し出したもの。
もっとも、『白痴』の主人公ムイシュキン公爵は『罪と罰』の主人公ロジオン・ラスコーリニコフを金持ちにしただけだと考える人もいる。
私の巡礼の旅で出会ったもの
偉大な作家の作品を全て読んだ私が思うに、ムイシュキンとラスコーリニコフは、人生の異なる時期のドストエフスキー自身だろう。実際、これらの登場人物は自分だというヒントをドストエフスキーはしっかりと残している。
サンクトペテルブルクでは、ドストエフスキーの時代の建物のほとんどが復元され、19世紀のこの街と今日の街との違いは、車の有無だけだ。ドストエフスキー・ファンにとって、ロシアの北の都を訪れることは巡礼に等しい。道の名前は読み覚えのある物が多く、情景の描写は鮮明で、未だに通じる物が多い。夏の夜にサンクトペテルブルクを歩き回ると、自分の家主の殺人を企てている怒ったラスコーリニコフや、相続した遺産を高級レストランで散財しているムイシュキンの姿が見えそうだ。
特別プロジェクト:READ RUSSIA
ドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』を執筆した家は、今では立派な博物館となり、内装は作家が亡くなった時と同じように復元されている。私はサンクトペテルブルクに行くと必ずそこに立ち寄る。
ドストエフスキーがあまり幸せな一生を送らなかったことは周知の事実だ。おそらく彼は多くを知り過ぎ、多くを理解し過ぎたのだろう。『罪と罰』からの次の引用は、ドストエフスキーの人生観をもうまく要約している。
「苦しみと悩みは、偉大な自覚と深い心情の持ち主にとって、常に必然的なものだ。私が思うには、本当に偉大な人は多くの悲しみを抱えてこの世にいる」
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