正教会の十字架の三日月は何を意味するか?

Mikhail Dzhaparidze/TASS
三日月は一般にイスラム教の象徴と考えられている。なぜ正教の一部の十字架にそれがあるのか?

 十字架はキリスト教の主要なシンボルの1つだ。神の子イエスは、十字架につけられ、その死によってすべての人間の罪が償われたとされる。しかし、現代人の目には奇異なことに、古代・中世ロシアの教会の十字架には三日月(または半円形)もついていることがある。我々はそれをイスラム教のシンボルとみなすことに慣れているのだが。

 三日月をもつ十字架は、例えば、次の聖堂に見られる。モスクワのポヴァルスカヤ通りにある1676年建立の「登塔者シメオン大聖堂」、ヴォログダ市のクレムリンにある1568年建立の「聖ソフィア大聖堂」、ウラルのヴェルホトゥリエ市にある1703年建立の「三位一体大聖堂」などだ。

ヴォログダ市の「聖ソフィア大聖堂」

 正教会にはどのような種類の十字架があるのか​​、そして、いかにして三日月が十字架に現れたのか調べてみよう。

ロシア正教会における十字架の種類は

 伝統的に、ロシア正教の十字架は、「六端十字」または「八端十字」だ。垂直の棒と、その上部の1つまたは2つの水平な棒からなる。そして、その下には、別の斜めの横木があり、そこにキリストの足が置かれているように思われる。それはまた、人間の罪を量る天秤をも象徴している。ロシア十字架について詳しくは、こちらをご覧ください

 このような多端の十字架は、すでに6世紀にビザンツ(東ローマ)帝国で見られる。そこから、古代ロシアは、そのシンボルとともにキリスト教を導入した。そして、こうした十字架は、イワン雷帝(4世)の治世にいたるところで用いられ始めた。彼は、ツァーリとして戴冠した最初のロシアの公であり、彼にとっては、自身の権力がビザンツとつながりそれを継承していると強調することが重要だった。

 16世紀以前のロシアには、さまざまな十字架があった。たとえば、ノヴゴロドでは、円環のなかに十字があるタイプも存在した。これは、「ケルト十字」に似ており、やはりビザンツからもたらされた。円環は、聖人の後光、あるいは「いばらの冠」を意味していた。詳細については、こちらをご覧ください

 また、下の斜めの横棒の代わりに、水平の三日月がある十字架も存在した。

正教の三日月はイスラム教と関係があるのか

モスクワのキリスト救世主大聖堂のドーム

 今日では、三日月はイスラム教の主要なシンボルの1つとして、この宗教と密接に結びついてイメージされる。

 しかし、キリスト教の三日月は、イスラム教とは関係がなく、6世紀にはすでに、キリスト教を奉ずるビザンツで用いられており、帝都コンスタンティノープルのシンボルの1つだった(*ムハンマドが生まれたのは570年頃だ)。一説によると、このシンボルは、トルコ人がこの都市を征服した後にオスマン帝国が借用したという。

キリスト教の三日月は何を意味するか

モスクワのセント・シメオン・スティリテス教会

 三日月をもつ十字架が錨を象徴するという説もある。使徒パウロの書簡で、「十字架」はキリスト教徒の魂にとって希望であり「錨」のようなものだと言われているからだ。「わたしたちが持っているこの希望は、魂にとって頼りになる、安定した錨のようなもの」(「ヘブライ人への手紙」6章19節、新共同訳)。

 聖堂は、信者が天国に行くのを助ける船である。

 とはいえ、十字架は磔刑のそれであるばかりでなく、キリスト教が現れる前から、太陽の象徴として流布していた。

 これに関連して、ボリス・ウスペンスキーは、著書『ロシアの聖堂の外観における太陽と月のシンボリカ』のなかで次のように書いている。

 「十字架と三日月の組み合わせは、宇宙的な象徴の体系にぴったりはまる。それは、その起源から言って異教的なシンボルだ。つまり、十字架と三日月は、太陽と月を象徴する。しかし同時に、この2つのシンボルは、キリスト教的な意味も有している。十字架は、明らかにキリストの象徴であり、月は、キリスト教の伝統においては聖母を象徴する」

 このことは、『ヨハネ黙示録』(12:1-2)の次のイメージによって裏付けられる。

 「また、天に大きなしるしが現れた。一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には十二の星の冠をかぶっていた。 女は身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた」(新共同訳)。  

 そして、月は、聖母マリアを描いたイコンによく見られる。

正教における三日月の他の用いられ方 

 三日月は、キリストの誕生の重要な象徴でもある。それは、ベツレヘムで生まれたばかりのイエスが寝かされた飼い葉桶、ゆりかごの形を表わしているように見える。そのため、例えば、聖体拝領杯や洗礼盤は三日月形(半円形)になっている。

 しかし、正教では、三日月の別の「用途」もある。聖人の後光は、イコン上で三日月形に描かれる。また、イコンには、宝石などをあしらった金属製の覆い「リザ(またはオクラド)」があるが、そこにも「ツァタ」と呼ばれる部分がある。三日月または二重の三日月の形をした特別な装飾だ。これは、キリスト、聖母、聖三位一体、その他とくに崇敬される聖人(洗礼者ヨハネや聖ニコライ〈ミラのニコラオス〉など)の像の胸の下に置かれる。この画像では、上がイコンの覆いの後光の部分、下は胸の下の「ツァタ」だ。

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