詩人プーシキンの『ベールキン物語』のショートサマリー

カルチャー
ニコライ・シェフチェンコ
 5篇からなる連作短編集『ベールキン物語』 (故イワン・ペトローヴィチ・ベールキンの物語)(1831)は、かの有名な大詩人、アレクサンドル・プーシキンが初めて本格的に散文を試みた作品の一つだ。

アレクサンドル・プーシキンは、その最初の短編小説集で、当時のごく普通の人々に起きた 5 つのさまざまなできごとについて語っている。

『その一発』

 この物語の語り手は、軍の将校だ。自分の師団が駐屯していた田舎で、シルヴィオという名の謎の男に出会う。語り手はよくシルヴィオを訪ねてトランプをする。そして、驚くべき射撃の名手であるシルヴィオと親しくなる。

 その後、ある将校がシルヴィオを侮辱したが、皆の予想に反して、シルヴィオは慣習に従って決闘を申し込まなかった。将校らは、シルヴィオが臆病者だと思い込んだ。しかし、彼は、自分の唯一の友である語り手に、自分の行動を説明する。

 それによると、数年前、シルヴィオは、ある若い伯爵に決闘を挑んだ。しかし、決闘の最中に、シルヴィオは、相手が死を恐れていないことを知った。命を惜しまない男を殺しても、シルヴィオは満足できない。そこで彼は、ここで撃たずに決闘を延期しよう、と伯爵に提案した…。

 シルヴィオの話によると、彼は、その朝受け取った手紙から、かつての敵手が間もなく結婚することを知ったという。結婚するなら、死生観は変わったはずだとシルヴィオは確信した。これが彼の当初からの狙いだったので、彼は、延期した復讐を実行すべく、相手のところへ出発する。

 数年後、語り手は、新しい隣人とその妻に会う。語り手はふと、その隣人の家のホールで、一枚の絵に注意を引かれる。重なり合って射ち込まれた二発の 弾丸で、画面が射抜かれていた。この恐るべき腕前は語り手に、旧友のシルヴィオを思い出させ、そのことを隣人に話す。

 これを聞いた隣人は、自分がシルヴィオの敵(伯爵)だったことを明かす。伯爵によると、シルヴィオが伯爵の結婚式の直後にやって来て、延期された決闘の権利を要求すると、伯爵は同意する。伯爵は、籤で先手を引き当てて、最初に撃つが、狙いは外れて絵に当たる。シルヴィオが狙いをつけていると、そこへ恐怖に駆られて新妻が部屋に入ってくる。気が変わったシルヴィオは、ほとんど狙いもつけずに、別れ際にぶっ放すが、それでも伯爵が撃った絵の弾痕の上に正確に当たる。これにより、シルヴィオは伯爵を簡単に殺せたことを実証した。しかし彼は、復讐への渇望よりも高貴な感情に駆り立てられて、彼の命を救うことにした…。. 

『吹雪』 

 時は1811年、地主貴族のうら若い令嬢、マリア・ガヴリーロヴナが、貧しい少尉補ウラジーミルと恋に落ちる。しかし、ウラジーミルの地位の低さゆえに、彼女の両親は二人の結婚を許さない。

 恋人たちは、夜、駆け落ちして、近くの村で密かに結婚しようと企てる。ところが、結婚するはずの当日は、猛吹雪になる。ウラジーミルは吹雪の中で道に迷い、結婚する予定の場所に間に合わぬことを悟る…。 

 一方のマリアは、空しく家に帰ると、病気になり、高熱で譫言を発する。彼女の両親は、娘の譫言から事情を察し、その苦しみようを見て、ウラジーミルとの結婚を許す。しかし、絶望した彼は、帰隊した後だった。明けて1812年、ナポレオンがロシアに侵攻し、祖国戦争が始まる。露仏両軍が帰趨を決したボロジノの会戦で、ウラジーミルが殊勲を立てて戦死したとの知らせをマリアは受ける。

 その後、マリアとその家族は別の邸宅に引っ越すが、そこでさまざまな男性が彼女に求婚してくる。傷心の彼女はすべて拒絶するが、騎兵将校ブルミンは別だった。二人の間に愛が火花を散らす…。しかし、ブルミンは、自分は「未知の女性」とすでに結婚しているため、マリアとは結婚できないと言う。

 ブルミンによると、旅行中に吹雪で迷子になったことがあるという。やっと見知らぬ村に辿り着くと、司祭が出てきて、「どこをほっつき歩いていたのか?お前は、結婚式に遅れた」と言う。面食らったが、ふとした遊び心で、ブルミンは教会に入り、花嫁に接吻しようとすると、彼女は、「まあ、あの方じゃないわ!」と叫んで、気を失った――。

 ブルミンは、今は悪ふざけを悔いており、彼女が何者かを知らなくても、「妻」に忠実であると言う。マリアは、ブルミンが恋人を待っていたときに教会で見た男だったと気づく。それぞれに相手に気がついた「夫婦」は、恋に落ちる。 

『葬儀屋』 

 葬儀屋のアドリアン・プローホロフは、埋葬のために遺体を整え、葬儀の手配をすることで生計を立てている。彼はモスクワ中心部に移り、主にドイツ人の商人が住む地区に店を構えた。

 隣人たちのパーティーに招かれたプローホロフは、商人の一人の冗談に腹を立てた。彼は、プローホロフの「顧客、つまり亡者たちの健康を祝して」乾杯しようと言う。気を悪くして帰宅したプローホロフは、「正教の亡者たちを新居祝いに呼んでやるぞ!」と放言する。

 翌日、プローホロフは、ある商人の妻の葬儀の手配を終えて、晩に帰宅すると、家の中が亡者だらけになっているのに驚愕する。おまけに、骸骨の一つが、「お前は俺に、柏の棺という注文に松のやつを売りつけた」と非難する…。プローホロフは、突然目を覚まし、これが酔って見た夢にすぎなかったと気づく。

『駅長』 

 土砂降りの中、語り手は、駅逓馬車の宿駅に着き、そこで駅長のシメオン・ヴィリンと出会う。駅長は、旅行者に替え馬、ベッド、食べ物などのサービスを提供するのが仕事だ。語り手は、駅長の美しい 14 歳の娘、ドゥーニャにも会う。

 数年後、語り手は、たまたまこの駅にやって来るが、ドゥーニャはもうそこにいない。ヴィリンは彼に、彼女が失踪したと話す。ある日、若い騎兵将校が駅に到着し、病気になり、数日間そこにとどまった。回復した将校は、出発する際に、村はずれの教会まで出かけようとしていたドゥーニャを送ってやろうと申し出る。間もなく、将校が少女を連れ去ったことが判明した。

 ヴィリンは、娘を取り戻すために、首都サンクトペテルブルクに赴くが、金持ちの将校は、ドゥーニャは自分を愛していると言い、駅長になにがしかの金を与えて追い出す。

 三度この駅を訪れた語り手は、ヴィリンが1年前に亡くなったことを知る。彼はまた、ある美しい若い婦人とその3人の子供があるとき老人の墓を訪れて、そこで長い間泣いていたことを聞く。語り手は、駅長の危惧にもかかわらず、将校が若いドゥーニャを捨てなかったと知る。

『百姓令嬢』

 二人の地主貴族がいる。両者は、領地経営についての見解が異なり、仲が悪い。一方にはリーザという娘がおり、もう一方にはアレクセイという息子がいる。あるとき、息子は、父のもとへ帰省してきた。

 アレクセイについて聞いたリーザは、実際に見てみたいと思う。この若い娘は、農民の少女に変装し、鍛冶屋の娘のふりをして、森の中でアレクセイに会う。

 アレクセイは、明るく可憐な農民の少女と恋に落ち、二人は密かに会い始める。 

 数か月後、二人の地主は和解し、親しい友人になる。彼らは、子供たちをめあわせようと考える。しかし、アレクセイは、農民の娘(と彼は思いこんでいる)に恋しているので、親たちの決定に逆らう。青年は、自分の事情を説明しに隣家に乗り込むが、そこに愛する「農民の少女」を見て、父親の願いを叶え、愛する女性と結婚できることに気づく。 

作品の背景と意味

 連作短編集『ベールキン物語』 (故イワン・ペトローヴィチ・ベールキンの物語)(1831)は、詩人アレクサンドル・プーシキンが初めて本格的に散文を試みた作品の一つだった。しかし、プーシキンは、自分が作者であることを故意に隠し、架空の故人、イワン・ペトローヴィチ・ベールキンなる人物を作者に仕立てている。

 つまり、プーシキンの構想では、ベールキン某が生涯を通じて出会ったさまざまな語り手からこれらの短編小説を集めたという体裁だ。そして、真の作者は、二重の架空の語り手の背後にずっと隠れたままだ。

 『ベールキン物語』を構成する5つの短編小説はすべて、ロシア帝国に住む普通の人々の生活を、さまざまな問題、希望、夢とともに描いている。そして生まれた作品世界は、視野の広さと深さが印象的で、シンプルさが美しい。 

 『ベールキン物語』は、アレクサンドル・プーシキンの人生で最も創造的な時期、「ボルジノの秋」として知られるようになった時期の一つの象徴となった。

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