最も「神秘的な」現代作家ヴィクトル・ペレーヴィン

Nikolai Ignatiev/Legion Media
 小説『ジェネレーション〈P〉』(1999年)の作者であるヴィクトル・ペレーヴィンは、現代ロシア文学における最も重要な作家の一人とよく言われる。彼の想像力豊かな本は、ファンタジー、リアリズム、冒険の融合だが、作家自身は、読者にとって文字通り謎のままだ。

 人は何によって作家になるのか?独創性?コンテンツ?スタイルだろうか?文壇の先頭を30年以上走り続けているヴィクトル・ペレーヴィンは、いまだにその私生活が幻のような、謎の作家であり、文字通り「見えざる男」の人生を送っている。

  「現実とは、干しブドウ入りの粘土みたいなもの」。作家は、作品の一つで皮肉っぽく述べている。彼の世界観は、長い間、ファンを楽しませつつ畏敬の念を抱かせてきた。

 不思議なことだが、現存する最高のロシア作家の一人である彼が、20年間も公に姿を見せていない。つい最近まで、インターネット上で流通している、彼の「最新の」確認済み写真は、2001年に撮られたものだった。

 2021年8月、『ブループリント』誌の記者がダークウェブでぺレーヴィンの写真を買ったという。この写真の日付は2020年で、顔認識を手がける会社によると、昔の写真と同一人物である可能性は75%。ぺレーヴィンがどこに住んでいるのか、どこへ出歩いているのか、朝食に何を食べるのか…誰にも分からない。

 ペレーヴィンの故意の「雲隠れ」は、巷の話題となり、ついに不条理の域に達した。2021年9月下旬、ソーシャルメディアでこんな噂が広まった。ペレーヴィンがサイン会に参加するために、モスクワにやって来たというのだ。ペレーヴィンに非常によく似た男性の写真も公開された。これを真に受けた人はほとんどいなかったが、それにもかかわらず、ニュースはソーシャルメディアで波紋を呼んだ。

 実はそれはすべて、ロシア版『エスクァイア』誌のセルゲイ・ミナーエフ編集長が仕組んだスタントだった。ペレーヴィンの偽写真を広め、Telegram(テレグラム)の匿名チャンネルを通じて作家のサインを流したほか、ペレーヴィンになりすました俳優を、『エスクァイア』の新しい号の表紙に載せた。念入りにメイクアップした、ロシアの人気俳優ユーリー・ボリソフは、この雲をつかむような作家に見事に化けた。表紙には「はたしてペレーヴィンは存在するか?」と書かれていた。

 「我々は、デマやフェイクニュースを10月号のテーマにしたかった」と、ミナーエフはインスタグラムで語った。「誰が表紙を飾るべきか?現代最大の神秘的人物は誰か?もちろん、ヴィクトル・ペレーヴィンだ」

世捨て人

 ペレーヴィンの作品は、ちょっと人間不信を秘めているが、いずれも確実にベストセラーとなる。常に実を結ぶ木のように、多作家の彼は、年に一冊書くことができる。彼はどうやってそれをなしとげているのか?

 ペレーヴィンなら、栄光に包まれて、容易に「ロシア式の賑やかなパーティー」に出たり、最高に豪華なイベントやテレビ番組に出演したりできるだろう。問題は、ペレーヴィンが極端に出不精な変人らしいことだ。栄光やいろんな魅力は、どうやらこのプロのエンジニアの頭脳を引き付けるには足りないらしい。

 この型破りな作家は、「フェンスの向こう側」に留まることを望み、そのせいもあって、彼の熱烈な愛読者(実際、すごくたくさんいる)は、彼の新作を嬉々として受け止める。まるで、

わざと海に投げ込まれた瓶の中に、待望のメッセージが奇跡的に見つかったかのように。

 ペレーヴィンは、作家であるだけでなく、社会の将来を見据えた「診断医」でもある。

 彼は1962年にモスクワで生まれ、『青い火影』と題された作品集でデビューした。これは、1990年代の最も破天荒で鮮烈な作品になった。

 ことクレイジーなアイデアになると、ペレーヴィンはほぼ無敵だ。ダグラス・クープランド(『ジェネレーションX』を書いたカナダの作家)やチャック・パラニューク(『ファイト・クラブ』を書いたアメリカの作家)への、ロシアからの皮肉な応答だという人もいる。

 ペレーヴィンの感動的な短編小説『世捨て男と六本指』は、孵卵器内での2羽の鶏の生活を描いている。ここで作者は、結局、2つの最悪のシナリオを強調している。それらはいずれも同じように悲劇的だ。つまり、世捨て男であるか、あるいは一定のタイプに従いはするが、六本指を持っているか。この場合、社会(つまり他の鶏たち)に仲間外れにされる。

 「我々はどこから来たのか?」 。六本指が尋ねる。「君も知っての通り、非常に深いレベルの記憶によってのみ、この問への答が得られる」と世捨て男は答える。

宇宙開発競争から仏陀へ

 ペレーヴィンの最初のディストピア小説『宇宙飛行士オモン・ラー』は、1992年に刊行。ユーリー・ガガーリンのような宇宙飛行士になることを夢見ている、ソ連の少年に焦点を当てた。ソ連式の生活の不条理をテーマにした、魅力的でサスペンスに満ちた作品だ。

 名作の誉れ高い『虫の生活』は、1993年に登場。1990年代初頭に舞台設定された、この小説は、人間と虫の世界が、互いにパラレルワールドになり、交錯する。それぞれの世界のキャラクターが、虫になったり人間になったりして、(いずれも不条理な)役割を演じる。

 ペレーヴィンが新境地を開いた小説『チャパーエフと空虚』(チャパーエフは、内戦で勇名を馳せた赤軍司令官)は、1996年に発表され、大きな話題を呼んだ。

  批評家たちは、この作品をロシア初の「禅宗」小説として歓迎したが、ペレーヴィンによれば、これは、「作品における行為が完全に無化される、世界文学初の小説」である。

 この小説は、国際的に高い評価を得ており、世界で最も権威のある賞の一つ、ダブリン文学賞の最終候補にノミネートされた。

 『チャパーエフと空虚』は、二つの時期を舞台とする。内戦期の1919年と、ソ連崩壊後の1990年代半ばだ。不条理、陳腐さ、皮肉が混ざり合った作品で、好き嫌いがはっきり分かれるだろう。

 次の傑作『ジェネレーション〈P〉』は、ペレーヴィンの名声をいやがうえにも高めたカルト作品で、ベストセラーになった。

 ジェネレーションPとは、ペプシコーラ世代の意味。作品の舞台は、ソ連崩壊後の1990年代だ。主人公のヴァヴィレン・タタールスキーは、モスクワの文学大学(ペレーヴィン自身がここで短期間学んでいる)を卒業したばかりで、大いなる希望と野心的な夢に燃えている。一連の失敗の後、彼は広告業界に身を置き、ここで彼のキャリアがついに本格始動する!そして、金銭、セックス、ドラッグ、犯罪、権力に満ちた生活を味わう。

  2011年にこの小説は、ヴィクトル・ギンズブルクにより映画化された。今のところ、ぺレーヴィン作品唯一の長編映画だ。

 ギンズブルクは、ペレーヴィンの小説『帝国V』による映画も製作しており、こちらは、2021年後半の公開予定。

 2006年刊行の『帝国V』は、吸血鬼になってしまう青年、ロマン・シュトルキンが主人公だ。滑稽なのは、彼が吸血鬼になるのはとても難しいこと。また彼は、次のような永遠の問題に答えようとする。すなわち、「真理とは何か?」、「神とは何か?」 、「死後どうなるか?」。これらの問は、実に長い間、解答が模索されてきた…。

 「本の価値は、それを読んだ人の数で決まるわけではない」。ペレーヴィンは六作目の長編『妖怪の聖なる書』にこう書いている。「最高の本は、読むのに手間暇がかかるため、読者はほとんどいない。だが、美的効果が生まれるのはまさにこの努力のおかげなのだ」

 2004年に出たこの小説は、数千歳の賢く妖艶な狐女と、諜報機関「FSB」の将校である狼男との関係を中心に展開する。

 作品の数はどんどん増える一方、近作(『S.N.U.F.F』、『バットマン・アポロ』、『監視人』、『IPhuck10』、『富士山頂の隠れた形』、『軽いスキンシップの技術』 、『トランスヒューマニズム株式会社』)で、ペレーヴィンは、「人間」のテーマからますます遠ざかっていく。

 ペレーヴィンの各作品は、技術的な習熟、文体の妙、そして簡潔な機知の輝きを示している。にもかかわらず、ペレーヴィンは、同じ本を何度も何度も書いているような気もする…。

 ペレーヴィンの小説とは結局のところ何なのか?こういう「究極の問」を発すれば、「究極の答」が返ってくるだろう。すなわち、それらはみな、覆い隠された「無」にすぎない…。

 それらの作品は、想像力に富み、シュールで未来的であるが、内容と意味を欠いており、半分空のグラスのように驚くほど空っぽだ。しかし、これは致命的な欠陥とは言えず、賢いゲーム・プランだろう。人はいつでもそれを現代の生活のせいにすることができる。本物のつながりと意味が欠けた生活のせいに。

 ペレーヴィンを読むことは、かなり難しい一種の試練だ。彼の言葉は、刺激的で、ねじれていて、神経に突き刺さる。とはいえ、「読書はコミュニケーションであり、我々の集団は、我々を我々たらしめている」と作家は、『妖怪の聖なる書』で言う。

 実際、ペレーヴィン作品は、舞台化、映画化されている。哲学的におもしろく、視覚的に魅力的だからだ。

 彼を天才、預言者、隠者、等々と呼んでも、事情は変わらず、何が分かるわけでもない。「アケーラはしくじった」(*キップリング『ジャングルブック』に登場する狼)と言っても同じことだ。ヴィクトル・ペレーヴィンのような作家はやはり唯一無二なのである。

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