1. 冬の新年のサンクトペテルブルクの雰囲気
主人公のマトヴェイは、1899年版のウーバーイーツの配達人で、オーダーされたピローグを早急に貴族の邸宅に届けなければならない。ただしマトヴェイが乗っているのは、近代的な電動キックボードではなく、街灯の点灯夫だった父親から譲り受けた銀色のスケート靴だ。マトヴェイは金色の円柱で飾られた豪華な菓子店から飛び出すと、馬車につかまり、ネヴァ川を飛び越え、オーダー主の元へと急ぐ。
この瞬間から、冬のサンクトペテルブルクの美しさが観ている人たちの心を一気に掴み、ドラマの最後まで離さない。凍ったネヴァ川の上には、クリスマスの市が立ち、ペテルブルクの橋はモールで飾られ、街中に偉大な歴史的建造物や教会、寺院が並び、その屋根はゆっくりと雪に覆われていく。ガッチナ宮殿、大理石宮殿、シェレメチェフ宮殿やその内装が映し出されるシーンでは、一時停止ボタンを押して、このロシアの色彩を持つ「ディズニー風」おとぎ話の中にできるだけ長く留まっていたくなる。
2. スケートのアクションシーン
マトヴェイは不運にも職を失ってしまうのだが、お金が必要であった。それは自分のためではなく、肺結核を患い、外国での手術が必要な父親のためであった。お金を得るため、マトヴェイはマルクス主義者の秘密結社に近づく。この秘密結社は政権交代を支持すると同時に、氷上の市場で、裕福な市民を相手に盗みを働いていた。
トレーニング、追跡、喧嘩、ダンスなど、ドラマのすべての見どころは氷の上で展開される。出演者らは皆、3ヶ月にわたりスケートのトレーニングを受けたという。主役のマトヴェイ役を演じるフョードル・フェドートフは、かつてホッケーをしていただけあって、氷上での姿もかなり様になっている。
氷上のシーンがダイナミックに撮影されており、ところどころスローモーションが効果的に使われている。追跡シーンや喧嘩のシーンは、ガイ・リッチーの「シャーロック・ホームズ」、ダンスのシーンはディズニーのおとぎ話を彷彿とさせる。
3.衣装
マルクス主義のメンバーたちとの集団スリをするうち、若い貴族のアリサと知り合い、マトヴェイは夢中になる。スリたちは灰色のシンプルなコートとウールのセーターしか着られないが、アリサとその側近たちはレースや花や羽で飾られた豪華なドレスで着飾り、白い毛皮のコートを着て、たくさんの(ときにド派手な)帽子を被り、伝統的なロシアのココーシニク(頭飾り)をつけ、金色の帝国の紋章が入った青い軍服を身につけている。
ドラマ中の多くの衣装は1点ものの手作りだという。 ドラマの美術を担当するガリーナ・ソロドヴニコワは、帝室にニコライ2世の衣装を届けたデザイナーの作品やディオール、アレキサンダー・マックイーン、イヴ・サン・ローランなどの作品にインスプレーションを受けたとヴォーグ・ロシアは伝えている。
またソロドヴニコワはインタビューで、「現在、贅沢で優雅なものとされているイメージを作り出すというのがわたしの仕事だった」と語っている。
衣装作りに関して、ドラマの制作者らは歴史的な正確さをそこまで追求しなかったとのことで、最終的に衣装はロシア風の仮面舞踏会の様相を呈しているが、ドラマ全体のイメージにはピタリとハマっている。
4. 実際の歴史的事実や19世紀末の帝政ロシアの生活について知ることができる
「シルバー・スケート」はファンタスティックな出来事を扱った娯楽映画であるが、革命前の出来事や生活についてはかなり正確に語られている。
たとえば、スケートは実際、当時もっとも人気のあった娯楽の一つであった。オンライン映画館サイト「オッコ」からのインタビューに答えた歴史博士のタチヤナ・ヴォロジナ教授は、いわゆる「黄金の若者」たちや貴族たちは、タヴリエーチェスキー公園でスケートをし、一般のペテルブルク市民たちはユスポフ公園でスケートを楽しんだと語っている。他でもないユスポフ公園の氷上で、舞踏会や仮面舞踏会、お祭りなどが行われた。この他1960年代から1970年代にかけて、ここではフィギュアスケート教室が開かれ、ロシアの最初のフィギュアスケートのオリンピックチャンピオン、ニコライ・パニン=コロメンキンもここでレッスンを受けた。
主人公の父親は街灯を点けたり、消したりするのが仕事であるが、実際、これは非常に困難な仕事で、1人で50個もの街灯の管理をしなければならなかったという。 普通の電灯は本当に珍しいもので、一般の人々は慣れるのに時間がかかった。ドラマ中、ヒロイン、アリサの女中は心地よさげに普通のロウソクの灯りのそばに座っている様子が描かれている。
アリサが入学を夢見る女子学校も実際に存在したものである。もっとも、実際にサンクトペテルブルクにあったベストゥジェフスキー学校は夫や保護者の許可なしに入学することはできなかった。またこの学校では、ドラマにも登場するロシアの有名な学者、ドミトリー・メンデレーエフが実際、教鞭を取っていた。
サンクトペテルブルクでは、ロシア風の舞踏会も実際に開かれていた。もっとも豪華な舞踏会は1903年に冬の宮殿で、ロマノフ家の290周年に合わせて開かれた。女性たちは17世紀の貴族の衣装や農民たちのサラファン(ワンピース)やココーシニク(頭飾り)を身につけ、 男性たちは銃兵や猟師の格好をした。舞踏会ではロシアの民族舞踊のみが踊られ、訪問客たちは事前に練習をしてこの舞踏会に臨んだ。
5. 社会政治的な文脈を持つロマンティックなストーリー
ドラマの中間では、この物語が単なる新年のおとぎ話ではないことが分かる。
マトヴェイは貧しく、なんの権利も持たない配達人で、職場で騙され、お金を得る唯一の方法は革命家の泥棒グループの指示を遂行することだけである。
アリサのイメージはフェミニズムと男女同権を表している。社会は彼女に女性には教育など必要なく、女性の唯一の幸せは結婚だと説く。一方で、ドラマに登場する女性の半分は、無知をさらけ出しながら、魔法や超能力を信じている。
「シルバー・スケート」で描かれている革命前のロシアでは 、畏敬の念がふんだんに表現されている。サンクトペテルブルクでは裕福な市民のために列車が止められたり、街の首長につららが落ちたといっては、家々のつららを取り除く作業が始まったりする。役人たちは国産品の生産を隠れ蓑に汚職網を組織し、都合の悪い本を焼き、尊厳のために国を破壊する―「穴やくぼみは、我々の西側のパートナーを前にした戦略的利点である」。ロシアの最新のニュースをよく知っている人にとっては、これが現在のロシアを風刺したものであることはすぐに分かるだろう。
現代とのリンクはこれだけではない。ロシアの階級が生まれていることはますます顕著で、通りでの無秩序を無くすために、役人たちは剣の代わりに警棒を振るよう提案される。主役の一人で、アリサの結婚相手にされそうになるトルベツコイ公爵は特務機関の厳格な職員で、権力とお金にしか興味がない。あるとき、彼は国民が「剣を持った警官」を恐れるはずだと言い、別の職員は「信じてもらえないかもしれないが、わたしはリベラルだ(現代ロシアでこれは反政府を意味する)」と明言する。
「シルバー・スケート」は「タイタニック」のような叙事詩的なものを目指したもので、階層差別や社会政治問題が素晴らしい革命前のロシアの雰囲気の中で描かれている。ドラマはラブコメファンも、不当な暴力に対する自由の勝利というストーリーが好きだという人も気に入るに違いない。