1. アレクサンドル・プーシキン『大尉の娘』
プーシキンは、激動の時代を生き、流刑にも遭ったが、人生を心から楽しんだ。ロシア作家には珍しいケースだ。彼の作品はすべて希望と光に満ちており、ドストエフスキーの作品などが帯びている暗い神秘的な雰囲気はない。『大尉の娘』は、18世紀後半の農民反乱「プガチョフの乱」の時代を描いている。
この作品は、波乱万丈の展開で、最後の最後までスリリングだ。若いピョートルは、父により、僻遠の地の要塞に、軍隊勤務のために送られる。そこでピョートルは、要塞司令官の娘マーシャと恋に落ちる。そこへ突然、プガチェフ率いる反乱軍が要塞に押し寄せ、すべての将校と貴族を処刑しようとするが、運命のいたずらにより、ピョートルとプガチョフは、実は旧知の間柄だった…。決闘、愛、虜囚、そして放浪。この小説では、さまざまなできごと、高い道徳心をもつ人々、運命の皮肉などが見事に融合している。
日本語訳:
『大尉の娘』 神西清訳、岩波文庫、2006年3月
『大尉の娘』 川端香男里訳、未知谷、2013年
『大尉の娘』 坂庭淳史訳、光文社古典新訳文庫、2019年
その他
2. ニコライ・ゴーゴリ『検察官』
ゴーゴリは、最もユーモラスなロシア作家の一人だろう。この喜劇も、あなたを爆笑させるにちがいない!19世紀初めに書かれたが、依然として極めてアクチュアルであり、今もなおロシアのどの都市でも似たようなことが起きかねない。
舞台は小さな地方都市。役人たちは汚職にまみれ、まともに働かず、商人からお金と贈り物をもらっている。ある日、役人らは、首都から検察官がお忍びでやって来るという噂を聞きつける。この町の実情を確かめるためだというのだ。町のお歴々は、検察官を怖がるあまり、ただの旅行者をそれと取り違える。この男は夕食のお金すら持っていなかったから、VIP扱いされてほくそ笑む。ところが、事態はどんどんあらぬ方向に進んでいく…。
日本語訳:
『検察官』米川正夫訳、岩波文庫、1961年
『査察官(検察官)』浦 雅春訳、光文社古典新訳文庫、2013年
その他
3. イリヤ・イリフとエフゲニー・ペトロフ『十二の椅子』
血沸き肉躍る冒険、カリスマ的キャラクター、滑稽な事件に満ちた小説だ。20世紀初頭、ロシア革命はすでに進行中で、新体制は、貴族であれ管理人であれ、あらゆる人々の生活を混乱させている。そんな状況の中、ある老婆が死に際に、義理の息子に言い残す。革命のさなかに売ってしまった椅子セットにダイヤモンドを隠した、と。
息子は、ぜんぶで十二脚の椅子を探しに出かけ、途中で天才的詐欺師さえ仲間に加えるが、椅子はばら売りされてしまったようだ。しかし二人は、探索を思いとどまることなく、椅子とダイヤモンドを求めてロシア中を旅し始める。そして一つずつ、巧妙極まる嘘とトリックを駆使して、椅子を見つけていく。二人組のうちの一人は、椅子を盗むために、その持ち主になっていた女性と結婚までする!陽気でスリリングで、大いに楽しめる小説だ。
日本語訳:
『十二の椅子』 江川卓訳、筑摩書房(世界ユーモア文庫)、1977年
4. ストルガツキー兄弟『月曜日は土曜日に始まる』
ストルガツキー兄弟の最も有名な小説は、『ストーカー』だろう(原題は『路傍のピクニック』)。これは、アンドレイ・タルコフスキー監督の名画『ストーカー』の原作だ。
しかしここでは、別の素晴らしいファンタジー『月曜日は土曜日に始まる』をおすすめする。この作品にはたくさんのサプライズがあり、あなたは思い切りハマるだろう。これはソ連の技術者や科学者が好んだ作品の一つだった。ソ連の科学研究の機関を風刺しているからだ。
レニングラード(現サンクトペテルブルク)のプログラマー、アレクサンドルは、「魔法妖術科学研究所」で働いている。彼は、自分の奇怪な研究分野と魔物、妖怪の類にのめり込み、仕事に夢中になるあまり、現実の生活に注意を向けず、不可解なことが起きても驚かない。彼は、どんな魔法を目にしても、科学的に扱うだけのことだ。実験の一環として、彼は、未来を描いたSF小説が真実を語っているかどうか調べるために、未来へ旅立つ。
日本語訳:
『月曜日は土曜日に始まる 若い科学者のための物語』深見弾訳、群像社、1989年
『ストーカー』深見弾訳、ハヤカワ文庫、1983年
『そろそろ登れカタツムリ』深見弾訳、群像社、1991年
その他多数の邦訳がある。
5. ボリス・アクーニンのシリーズ「ファンドーリンの捜査ファイル」
ロシア文学にも優れた探偵小説があることをご存知だろうか?もしご存じなければ、大きな楽しみが残っているというものだ!ボリス・アクーニンは、エラスト・ファンドーリン、つまりロシアのシャーロック・ホームズ、エルキュール・ポアロとも言うべき名探偵を主人公とした一連の作品を書いている。
ファンドーリンは、優雅で知的な、そして信じ難いほど幸運な男で、19世紀末から20世紀初めにかけて活躍。日本の文化と武道に通暁している。彼が調査した犯罪は、皇室ロマノフ家で起きた誘拐や有名な窃盗から複雑怪奇な殺人まで、多種多様だ。
このシリーズの醍醐味は、スリリングなプロットだけでなく、昔のロシアを芸術的に描いた点にもあり、上流社会と下層社会のいずれも、眼前に彷彿とさせる。
アクーニンはまた、物語の背景に歴史上の人物や出来事を利用している。例えば、『トルコ捨駒スパイ事件』では、露土戦争が、『戴冠式』では、ニコライ2世と「ホディンカ原の惨事」が描かれている。
日本語訳:
『トルコ捨駒スパイ事件』奈倉 有里、岩波書店、2015年
『堕ちた天使 ―アザゼル』沼野恭子訳 、作品社、2001年
『リヴァイアサン号殺人事件』沼野恭子訳、岩波書店、2007年
『アキレス将軍暗殺事件』沼野恭子・毛利公美訳、岩波書店、2007年
その他