1.白樺の木
ロシアでもっとも多い木のひとつである白樺は、ほとんど、ロシアの木といってもいいくらいで、たくさんの歌や詩、絵画にも描かれている。この木はロシアのシンボルであり、古えの時代からロシア人たちの心のなかで特別な場所を占めてきた。スラヴ人たちは、この白くて細い木を神聖なものとみなし、春や純粋さ、自然の美しさ、女性的な性質と結びつけてきた。
言語学者らは、ロシア語の「ベリョーザ」という名前の由来を、「輝く、白く見せる」を意味する古代スラヴ語の「ベルザ」に結びつけているが、この名前はまた、「ベールイ」(白い)や「ベレーチ」(保護する、大事にする)といった語にも似ている――スラヴ人たちは、白樺が邪悪な力から人々を守る能力をもつと考えたのだ。人々は、助けてくれるようこの木に直接お願いしたり、あるいは自分の家のそばに植えたりした。
白樺や、白樺から作ったもの(今日、土産店によくある「ラープチ」という靴や、装飾された箱とといったもの)は、邪悪な力を避けるためのものだった。白樺林を散歩したり、あるいはただ単に生えている白樺の木に触れるだけでも、感情のバランスが整い、ストレスが減り、幸福でいられるようにしてくれると人々は信じていた(そして今も信じている人がいる)。
白樺はまた、エジプトのパピルスに代わるものにもなった――紙をまだ知らなかった時代には、ロシア人は白樺の樹皮にものを書いていた。
2.樫の木
「入り江には青々とした樫の木がある/その樫の木には金の鎖がかかっている/そしてその鎖の上を学者猫が/昼も夜もぐるぐる歩いている/…」。アレクサンドル・プーシキンの『ルスランとリュドミーラ』の有名な冒頭部分だ。強くて気高い「皇帝の木」は、他の多くの民族におけるのと同様に、スラヴ人たちにも畏敬の念を呼び起こした。樫は、スラヴ神話の最高神で雷と光を司り、力と栄光と、そして男性的なエネルギーを象徴するペルーンの木だと考えられていた。
いわゆる「世界樹」から、世界を支配した神々の例にならい、スラヴ人たちも、集会や婚礼や諸々の儀式のために年老いた樫の木を選んだ。樫の木の下で起こることはすべて神が決めたことだと信じたのだ。
スラヴ人たちはまた、この木が治癒力や人々を癒し死から連れ戻す力をもっていると信じて、樫の林のなかに教会や神殿を建てた。神話によれば、この木は人類と宇宙の媒介となってくれるものだ。だからこそ、人間が樫の木との関係をしっかりとしたものにすれば、樫の木がすべての人に長く幸福な人生を生きるための計り知れないほどの良いエネルギーを与えてくれるだろう。
3.ナナカマドの木
マリーナ・ツヴェターエワ、アレクサンドル・プーシキン、アンナ・アフマートワといったロシアの詩人たちの作品で讃えられているナナカマドの木は、長いことロシアの詩的精神の一部だった。これは非常にロシア的な木で、貴族たちの領地や修道院、そして普通の家庭にも伝統的に植えられていた。この木の祝祭的な姿と苦い実は、今もなお、失われた若さと愛を思わせる。 詩においては、この木はまた生の象徴でもある――悲劇的で短くはあるが、決して終わることのない――永遠の生。
スラヴのフォークロアの伝統に戻ると、ナナカマドの木はさらに、魔術的な力をもっていると信じられていた。鮮やかな赤い実をつけた枝は、魔女の呪いのようなあらゆる災難から人間を守ることができる雷神ペルーンの鎚矛だと考えられていた。白樺と同様に、ナナカマドの木は家庭に幸福をもたらしてくれると信じられていた。ナナカマドの実や葉を魔除けに使ったり、薬にしたり、食品を長持ちさせたり、水を浄化したりするのに使うのは一般的なことだった。水の浄化には今も使用されている。ナナカマドの枝には汚れた水の汚染物質を除去する物質が含まれている。
4.モミの木
クリスマスツリーとしてもっとも用いられる「ヨールカ」(モミの木)も、ロシアの森によくある木だ。さらに、スラヴ人によって神聖な意味を与えられ、この木は永遠の生、生きている人と死者がつながっていることを表象していると信じられていた。モミの木には、治癒する力と悪いことから家を守る力があると考えられ、その枝や実は医療用にも用いられた。
生きている人々と死者を媒介するものとして、モミはスラヴの葬儀の重要な一部となった。今日もなお、モミの枝は墓の装飾に使われ、木は棺を作るために用いられている。
5.楓の木
ロシア人は楓の葉をもって写真を撮るのが大好きだ――これは、秋の始まりを告げるインスタグラムの儀式のようなものだ。でも、スラヴ神話では楓の木はもっと神秘的な意味をもっている――かつて楓の木は生まれ変わりのシンボルとみなされていた。スラヴ人たちは楓の木はどれも次の生まれ変わりを待つ人間の魂を宿していると信じていた。「5本指」の形をした楓の葉がこうした連想を呼び起こしたのだ。
また、楓の木にはもうひとつの名前――「ヤーヴォル」があった。この木は、ある特定のスラヴの祝日に装飾として用いられていた。
西スラヴの文化では、楓の木は人の真の性質を示すことができると信じられていた。ある人が楓の木に触れると、枯れていた楓の木に花が咲き始めたのなら、その人は正直者で信心深い人だという意味だ。かたや、木が枯れると、その人はあまり信頼できないということになる。