「日本のファンは耳が肥えている」:ヴァイオリニストのヴァディム・レーピンに聞く

カルチャー
 世界的なヴァイオリニスト、ヴァディム・レーピンと、その夫人である、ボリショイ劇場の世界的プリマ、スヴェトラーナ・ザハーロワによるオリジナル・プログラム「パ・ド・ドゥ for Toes and Fingers」の新バージョン「Ver.1.5」が今月、日本で初めて上演される。

 これは、今年日本で開催される「トランス=シベリア芸術祭 in Japan 2017」の一部であり、さらには、現在日本で開催中のロシア文化フェスティバル「ロシアの季節」の一環でもある。

 長年にわたる日本との縁、ツイッター時代のクラシック音楽、日本の若者、ステージでの即興演奏などについて、日本訪問を前に、ヴァディム・レーピンが語った。場所は、モスクワ・シティの摩天楼の86階。

「ロシアの季節」について

 「私の考えでは、『ロシアの季節』のようなプロジェクトは、開催される以上は、“鐘が鳴り響き”、爆弾が炸裂するような規模でやるべきだ。そして、それは実現できたと思う。私は東京でのバレー部門のオープニングに立ち会ったが、本当の勝利だった」

日本について

 「日本は私にとっては多くの意味で特別な国だ。私の最初のコンサートは、他ならぬ日本で1986年に行われた。以来私は、この国を毎シーズン訪問しているし、ときには、2、3回訪れることもある。今年は、様々なプロジェクトですでに4回来日している。これは、私の長年にわたる、世界最高のオーケストラの一つ『NHK交響楽団』との友情の賜物だ。我々音楽家にとっては、これは共演が最も名誉な楽団の1つ。

 日本出身あるいは日系の、とても大勢の音楽仲間が、『トランス=シベリア芸術祭』に参加してきた。その中でも特筆されるのがケント・ナガノだ。彼はそのいちばん最初のコンサートを指揮してくれたのだから。このフェスティバルは、来る2018年に創設5周年を迎えるが、私は彼に指揮台に立ってほしいと頼んだ」

「パ・ド・ドゥ for Toes and Fingers Ver.1.5」について

 「これは、スヴェトラーナ・ザハーロワと共に創造したプログラムで、すでに数年間上演している。しかし、とても高額で特別な演目だ。すべての出演者の日程をスヴェトラーナのそれと合わせるのがすごく難しいので。しかし、毎回、新たなディテールが加わり、進化している。

 昨年、『トランス=シベリア芸術祭』の一環として、これを上演したところ、ソーシャルメディアが文字通り爆発してしまった。これはまったく稀有のケースで、再演の要望が多数寄せられた結果、我々は、そのVer.1.5を舞台に乗せることにした。私が演奏する新曲もあるし、スヴェトラーナも新しい踊りを加えている。

 バレエの舞台がどう組み立てられていくかというと、まず音楽が流れ、それから踊りが始まる。音楽は踊りと動きに完全に奉仕していくことになる。だから、オーケストラには、基本的に即興の余地はほとんどない。

 私の見るところ、世界でほんの一握りのダンサーだけが、何か予見していなかった音や流れを喜び勇んで活かすことができる。その点、我々の演目では、敢えて事前に準備しなかったり詰めていなかったりする点が多々ある。それがまたプログラム全体に生気を与える。

 『パ・ド・ドゥ for Toes and Fingers Ver.2』も構想中で、これはまったく違ったものになるはずだ。もっとも、このプロジェクトはまだ着想したばかりだが」

日本のファンについて

 「日本のファンと私はすでに30年間お互いを知っているわけだが、これは非常に“忠実な”人たちで、コンサートで同じ顔を見ることが非常にしばしばある。こういう人たちは、毎年様々な場所からコンサートを見るために、足を運んでくれる。

 日本のファンはとても耳が肥えている。東京で開催される驚くべきプロジェクトの数はモスクワに匹敵するだろう。だから、日本のファンを驚かすのは年々難しくなってきている」

若者について

 「基本的に、若者という存在は、非常に難しい範疇に入る。「なんでもいい、どうでもいいや」という若い世代にも、お互いの付き合いで形作られたそれなりの意見があり、そういう彼らの尊敬を勝ち得なければならない。ある年齢に達した我々アーティストにとっては、これが一番肝心なことで、また最も難しいことでもある。クラシック音楽の作曲家がその曲に込めた感情を真に体験するためには、やはり一定の年齢に達していなければならない。もちろん、ポップスの方が直線的で分かりやすい。

 そして、ここでもやはり時間の問題がある。つまり、ツイッターの時代にあっては、すべてが極度に短くなければならないということ。57分もかかるマーラーの交響曲を、それがどんな曲かおおよそ見当をつけるためだけに、なんで聞き通さなければならないのか。7分で見当がつけられる短いコピーがあるというのに、というわけだ。我々はこうした傾向にもかかわらず、若者の心を引き付けなければならない。

 だから若者には、人格形成のより早い段階で選択をさせなければならない。なぜなら、彼らの生活はどんどん加速しており、3、4世代前に比べると、ずっと早く、より賢くなるとは言わないまでも、教育と知識を身につけているのだから。私とスヴェトラーナの娘は、今年一年生になったが、学校で要求されることは、私が子供だった頃の3年生レベルだ。すべてが加速し、変化している。こういうことを織り込み済みで生活し、新しい道筋と出口を考え出さなければならない」

ザハーロワ主演のオリジナル「アモーレ」

 「『トランス=シベリア芸術祭』のオープニングにはこれ以上ない最良のプログラムで、日本初演になる。これはトリプル・ビル、つまり、3つのまったく新しい、互いにまったく違ったバレエで構成されている。だから一晩で、バレエ芸術の3つの異なる世界を味わえるわけだ。

 ユーリー・ポソホフの振り付けによるバレエは壮大で、音楽的にも素晴らしいので、強烈な印象を与える。二つ目は、ダンサー・振付師、パトリック・ド・バナ(Patrick De Bana)による、心のひだを表したもの。より哲学的で落ち着いた作品で、ダンサーの動きを堪能できる。三つ目のバレエには、ユーモアがあり、モーツァルトの素晴らしい音楽がついている。私がこれまでに見た最も興味深いプログラムの一つだ」

妻ザハーロワとの共演について 

 「実を言うと、数年前に『パ・ド・ドゥ for Toes and Fingers』を着想したときには、舞台で共演する計画はなかったし、意識的に避けてもきた。しかし、その後、長い間説得されて、一度やってみたところ、大変我々の気に入った。この演目が、ある種の感覚や感情を我々二人の関係にもたらしたからだ。もっとも、この共演のプログラムはそうあってほしいと思うほど、頻繁には上演できないが」

現代日本の音楽家について

 「オーストリアで行われている『ブラームス国際コンクール』(1993年創設)には、私が個人的に金を出している、私の賞もあるのだが、ほんの数日前、日本の若いヴァイオリニスト、吉本梨乃が受賞した。

 私は指揮者、山田和樹(*モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督兼芸術監督――編集部注)のファンだ。この傑出した指揮者と私はあるとき偶然共演した。彼を代役に指名したわけだ。最初のリハーサルが終わるや、私は彼に手を差し伸べ、『僕は君のファンだ』と言った」

もっと読む:「私にとって日本はとくに大切」:ニコライ・ツィスカリーゼ氏

ザハーロワ主演のトリプル・ビル『アモーレ』

 「アモーレ(Amore)」は、一幕もののバレエ3本からなっている。1本目は「フランチェスカ・ダ・リミニ」で、ユーリー・ポソホフの振付。2本目は「レイン・ビフォア・イット・フォールズ」と題され、ドイツ人とナイジェリア人のハーフであるダンサー・振付師、パトリック・ド・バナ(Patrick De Bana)によるもの。最後は、モーツァルトの音楽に乗せ、ダンサーを音符に見立てた「ストロークス・スルー・ザ・テイル」で、アイルランドの振付師マルグリット・ドンロン(Marguerite Donlon)による。東京の「オーチャードホール」で、9月26、27日に上演。スターダンサーのミハイル・ロブヒンとデニス・ロヂキンも参加する。

「パ・ド・ドゥ for Toes and Fingers Ver.1.5」

 ヴァディム・レーピンと、その夫人である、ボリショイ劇場の世界的プリマ、スヴェトラーナ・ザハーロワによるオリジナル・プログラム「パ・ド・ドゥ for Toes and Fingers」の新バージョン「Ver.1.5」は、東京の「オーチャードホール」で9月29日に、また前橋市で10月1日に上演される。レーピンとザハーロワのほか、ウラジーミル・ヴァルナフ、ドミトリー・ザグレビン、ミハイル・ロブヒンらのソリストも参加。

もっと読む:

ボリショイ劇場の内部見学>>>

ポスターで見るボリショイ劇場の歴史>>>

バレエの来シーズンで注目の新顔5人>>>