「ロシアの季節」はボリショイ公演で開幕

「パリの炎」=

「パリの炎」=

ボリショイ劇場 / エレーナ・フェティソワ
 今年日本で開催されるフェスティバル「ロシアの季節」は、ボリショイ・バレエ団の舞台で幕を開ける。

 芸術の世界には、ロシアのバレエ団と日本とのパートナーシップほど安定したものはないかもしれない。東から日が昇るのと同じぐらい確実に、ロシアの主要なバレエ団は定期的に、自分達の最高のレパートリーを練り上げて日本を訪れる。

 こうした伝統が始まったのは、60年前のボリショイ劇場の公演以来のことだ。その時スターたちに君臨していたのはオリガ・レペシンスカヤで、最も輝かしいレジェンドの一人だった。このバレリーナの抗しがたい魅力、放胆さ、離れ業の数々は、日本の沈着な観衆をも揺り動かした。

 その時から日本では、“バレエ病”の感染が始まった。病膏肓に入り、以来数十年におよぶ。だから、どのバレエ団にとっても日本公演は、自分たちの真価を認め、大歓迎してくれるので幸せなイベントである。一見おとなしい観客がフィナーレでは、まるでサッカースタジアムのように盛り上がる。

 

日本とロシア・バレエの絆

 このように日本人は、過去数十年、舞踏芸術を細大漏らさず鑑賞し、世界最高のバレエ団を目にしてきたわけだが、しかしその中でもボリショイ劇場は格別な存在である。その教師たちは日本におけるプロフェッショナルなバレエ学校の基を築き、最も才能ある生徒たちはモスクワに留学してきた。そして、日本の主だったバレエ団では、ロシアの振付師とダンサーが活動してきた。

 だから、ボリショイ劇場を代表するダンサーである、マイヤ・プリセツカヤ、ウラジーミル・ワシーリエフ、ボリス・アキモフ、ニーナ・アナシアシヴィリらが最高の栄誉である旭日章を授与されているのは偶然ではない。ボリショイ・バレエ団は、スイス時計さながらに、きっかり3年に一度、日本最大のクラシック音楽事務所の一つ「ジャパン・アーツ」との提携のおかげで日本に戻ってくる。

「白鳥の湖」=写真提供:「ロシアの季節」「白鳥の湖」=写真提供:「ロシアの季節」

 今年ボリショイ劇場バレエ団とオーケストラは再び、6月の4週のほぼぜんぶを日本で過ごすことになる。6月4日には、日本最大のステージである東京文化会館で「ジゼル」の公演が行われ、これをもって「ロシアの季節」が開幕する。「ロシアの季節」の目的はロシア文化の多様性を海外に広く伝えること。「ジゼル」同様、「白鳥の湖」も、日本各地で何度も上演される。日本人の「白鳥の湖」好きに関しては次のような冗談があるほどだ。日本人は「白鳥の湖」を賞味した回数に関してはダントツで、朝昼晩の三度、食事しながらでも見れると。

 

新レパートリーに「パリの炎」

 今年は新たにレパートリーに「パリの炎」が加えられた。これは伝説的なソ連のバレエで、フランス大革命の時代に材をとったもの。数年前に振付師アレクセイ・ラトマンスキーにより復活上演され、以来パリとロンドンで好評を博している。

 演目は、ボリショイバレエ団の多様な可能性を遺憾なく発揮できるように選ばれた。バレエ団を率いて来日するのは、先ごろ芸術監督になったマハル・ヴァージエフ。彼がボリショイに登場した時期は、ちょうどダンサーの世代交代と一致していた。彼は最近舞台で頭角を現した若手を日本公演で紹介することになる。

 来日するのは、日本でもカルト的人気を誇るスヴェトラーナ・ザハロワと、若いがバレエ・ファンにはよく知られたエカテリーナ・クリサノワ、オリガ・スミルノワ、ウラディスラフ・ラントラートフ、セミョン・チディン、デニス・ロジキン、アルチョム・オフチャレンコら。

 また、まったくの新顔のイーゴリ・ツヴィルコ、アナ・トゥラザシヴィリ、ミハイル・クリュチコフらも、日本のファンの記憶に残るだろう。さらに、「パリの炎」を十八番とするイワン・ワシーリエフも、ソリストとして招かれ参加する。

 ボリショイ・バレエ団の最初の公演は6月2日に広島で行われて、その後、東京、大阪、大津、仙台の各都市で続けられる。

 「ロシアの季節」は200以上のイベントを含み、1年間にわたり日本の45を超える都市で行われる。このプログラムのイベントの観客は計300万人以上に達すると見込まれている。