白い宇宙服の中で見る夢

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 1961年4月12日のユーリー・ガガーリンによる人類初の有人宇宙飛行にはるかに先立って、ソ連の幻想文学やSFは、虚構のなかで人類を宇宙に送り出してきたが、ストルガツキー兄弟は、この歴史的快挙の後、作品世界を宇宙に拡大するよりもむしろ地上を舞台として、未知なる人間存在を深く探求していく。

 「空想小説」という曖昧な言葉で呼ばれるものは3つの流れに分けることができる。SF(空想科学小説)とユートピア小説とファンタジー小説だ。

 SFは主人公たちの身に起きる異常なことについて語るが、それは伝統的な宇宙法則で説明できる。ユートピア小説というのは空想された社会構造(未来だけでなく過去の社会構造も)だ。ファンタジー小説は作者が考え出した物語で、そこには「異常なもの」が登場する。魔法や魔術をともなう伝統的な神秘主義小説だ。ロシアの空想小説は、3つの大黒柱に支えられた物語世界として、こうした歴史の上に成立している。ソ連の古典的な空想小説様式は、ファンタジー小説をほとんど排除していたが、SFはそこで大いに羽根をのばすことができた。

 

共産主義に役立つための科学

 ソ連の初期空想小説の未来とは、わずか数年先を見る視点だった。奇跡は、世界革命と同様に、すぐ手の届くところにあった。アレクセイ・トルストイ(1883-1945)の『アエリータ』(1923)や『技師ガーリンのギペルボロイド(双曲面体)』(1927)のような小説が長年にわたって、空想小説の規範とされた。

 『アエリータ』では2人の旅行者が銅製の卵に乗って火星に飛んでいき、そこで革命を行う。その中の1人が火星の支配者の娘に恋をし、地球に帰還してから無線で娘の声を聞く。その火星はサイバー・バンクであり、貧困と荒廃を背景にもつ高度な技術の星。それは教養あるソ連の人々のための、過去へと変化した未来だ。

 もう1つの小説『技師ガーリンのギペルボロイド(双曲面体)』では、天才的な発明家が、はるか遠方の物体を破壊できる光線を発する恐ろしい武器「ギペルボロイド」を持ったまま、多数の敵から身を隠す。発明家技師は遠くの島に「ギペルボロイド」を設置し、地球の奥深くから黄金を手に入れ始める。世界の金融市場は崩壊し、彼は、世界でまだソビエト権力の支配下にない部分の独裁者になる。脱走し、船が難破したあと、技師は恋人と一緒に無人島にたどりつく。2人は、スターリン・アンピール様式の宮殿や庭園に似た、ユートピア的な設計が描かれた本のページをめくる。それは決して実現しないであろう建築物ばかりだ。

 グリゴーリー・アダモフ(1886-1945)は長編『二つの海の秘密』(日本語訳は『海底五万マイル』)(1938)で、ジュール・ベルヌが小説に描いたノーチラス号のソ連版「ピオネール号」を登場させた。当時のSFは、世界を説明するという非常に重要な機能を果たしていた。主人公たちは絶えず歩みを止め、物理現象についての長い会話を始めた。最初のうち、巨大な潜水艦の邪魔をするのは日本のスパイたちだったが、第二次世界大戦のあと、小説が映画化(1956)されたときは、それに代わって米国のスパイが登場する。ところで主人公たちが海底を行くときに着ていた潜水服は、宇宙服にとても似ていた。

 当時考えられていた未来は、明るい建物と広々した空間ばかりだった。みんながコンミューンや共同宿舎で暮らし、苦しい労働をまぬがれ、食事は、自宅でなく食堂でとるのを好んだ。

 それが認識される未来の姿で、すべてが同じだったが、現実よりもよく描かれていた。

 潜水艦はより巨大で、蒸気機関車はよりスピードが速く、何よりも、日々の食料が十分に満ち足りていた。

 

戦後のユートピア小説

 イワン・エフレーモフ(1908-1972)も古典作家になった。彼は地質学が専門で、あるテキストで見事に、ヤクーチヤのダイヤモンド発見を予言した。それはソ連のSF作家たちの予言で唯一の的中だった。

 長編『アンドロメダ星雲』で描かれるエフレーモフの世界は、共産主義的未来の世界だが、ナイーブでぎこちない。主人公たちはみな白衣を着ており、さまざまな惑星の文明は「大宇宙連合」に統合される。この世界の空気中には愛があふれ、そこではすでに核エネルギーを放棄し、世界の海に生育する藻類のクロレラを食料とするようになった。白衣を着た人びとが恐れるのは無関心で、無関心は病気であり、ストレスに対する人体の反応と見なされている。

 もう少し人間的なのが、ストロガツキー兄弟(アルカージーとボリス)の中編『22世紀の真昼』(1959-1967)で描かれた世界だ。

 これも共産主義の調和の世界だった。そこにはろくでなしや人殺しはおらず、未来の住人はこわがることもなかった。

 この世界の未来は非常に技術が進んでおり、人々は縦横無尽のベルトコンベアで地上を移動し、地上のどの家にも配達ラインが引かれている。お金は姿を消し、少年少女の養育は両親から離れて、東洋の格闘技の学校を思わせる特別な寄宿学校で行われる。ただそれは知能を伸ばすことに専念する寄宿学校だ。交通問題は「ゼロ運輸」、つまり「瞬間移動」で解決された。『真昼の世界』には、検索機があり、誰でも無料で使用が可能なインターネットに似た「大世界情報板」が現れた。牛や羊の代わりに「動くタンパク質工場」という人工食料生産施設が存在している。

 しかし、やがて共産主義の未来の人々は星から帰ってきた。ストルガツキー兄弟のもう一つの本『神様でいるのは難しい』(1964)の主人公たちはファンタジー空間に没入した。彼らは小さな惑星の「中世世界」に住んでいる。ただ彼らの手にあるのは魔術ではなく現代技術だ。

 未来は過去に戻り、白衣の需要は消えていった。空想小説作家たちによって考え出される世界は、ますます不安に満ちたものになり、そこには戦争や貧困、無関心や憎悪が渦巻いている。

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