ピョートル1世が1月1日を元日と定める

1699年の今日、12月20日に、ピョートル1世(大帝)が、1月1日を元日と定め、合わせてキリスト生誕を紀元とする暦(いわゆる西暦)を導入する布告を出した。

この暦の導入以前は、「世界創造紀元」が用いられていた。これは、10世紀末のキリスト教導入とともにビザンチン(東ローマ帝国)からロシアにとり入れられたもので、旧約聖書にしたがって、天地創造を西暦紀元前5508年としたものだった。

ピョートルは、世界創造紀元で7208年12月31日の翌日を、1700年1月1日とし、それを元日と定めたのである。

このピョートルの布告までは、9月1日が元日であり、これは、モスクワ公国時代の1492年(世界創造紀元7000年)の布告にもとづく。この布告以前は3月1日が元日だった。

ユリウス暦はそのまま使用 

このように、ピョートルはロシアの暦を西欧のそれに一部合わせたものの、太陽暦の一種であるユリウス暦はそのまま使いつづけ、グレゴリオ暦に移行することはなかった。ユリウス暦はグレゴリオ暦より、18世紀で11日、19世紀で12日、20世紀で13日遅れていった。

グレゴリオ暦に移行したのは、ロシア革命後の1918年のことで、1月31日の翌日を2月14日とした。