ピョートル1世が妻のために聖エカテリーナ勲章を創設

1714年の今日、12月7日に、ピョートル1世(大帝)が妻エカテリーナ・アレクセーヴナのために、聖エカテリーナ勲章を創設した。

聖エカテリーナ勲章

エカテリーナは、リトアニアの農家の出身で、寵臣メンシコフからツァーリに“献上”され、1712年に正式に結婚していた。彼女は、1711年のトルコ遠征に際し、ピョートルを「良く助けた」として、この勲章を授与された。大帝生前にこの勲章を受けたのは彼女ひとりだ。

妻のおかげで窮地を脱する 

ピョートル1世は、1709年のポルタワの戦いで、カール12世率いるスウェーデン軍を壊滅させ、北方戦争に勝利したが、ロシアの南方での戦力拡大を恐れたトルコは、カール12世を受け入れ、翌1710年に宣戦布告した。

1711年のプルート川右岸の戦闘で、12~18万のトルコ軍に対し、わずか4万の露軍は包囲され、ポルタワでの大勝もふいになるところだったが、トルコ軍にも決め手がないところ、エカテリーナはよく夫を支え、所持品の宝石をトルコ軍に提供するなどして、何とか休戦条約にこぎつけるのに貢献した。ピョートルはアゾフ要塞などを失ったが、窮地を脱した。

女性に対する最高の勲章 

大帝の死後、エカテリーナが即位すると、彼女は娘のアンナとエリザヴェータなど8人にこの勲章を与えた。

聖エカテリーナ勲章は、女性にとって最高の勲章で、いわゆる「内助の功」を賞賛する役目も果たした。

1797年、パーヴェル1世は、すべての大公女にこの勲章が授与されるように、法律を改正した。その結果、この勲章の受章者の数は大幅に増えた。

聖エカテリーナ勲章の授与の理由は、明記されていなかったが、伝統的に啓蒙、教育活動に対して与えられた。また、受勲者は、異教徒の捕虜になったキリスト教徒の「買戻し」や、貴族の令嬢の教育機関への援助、保護など、慈善活動を行うことを義務付けられた。