モスクワ・オペレッタ=Lori/Legion Media撮影
革命後の漂流
1917年の社会主義革命後、10年ほどのあいだは、オペレッタ劇団は宙ぶらりんな立場に置かれ、自分の劇場もなく、劇団は解散させられたり復活したりをくり返し、名前もしょっちゅう変わっていた。
しかし、1927年末、労働者、農民、赤軍の代表からなるモスクワ・ソビエトは、最終的に決定を下した。「オペレッタは保存すること。ただし、レパートリーは、現在の課題に応じて、更新すること」。
国立劇場として復活
こうして、劇団は国立劇場の地位を得て、復活した。芸術監督グリゴリー・ヤロンのもと、若いアーティストたちはたちまち好評を得た。レパートリーは、オッフェンバック、シュトラウス、レハールなどの古典にくわえ、ロシアのイサアク・ドゥナエフスキー、ドミトリー・ショスタコーヴィチなどが、劇場のために新作を書いた。
1961年には、劇場は現在の大ドミートロフスカヤ通りに移転した。
ワシーリエフ迎え黄金時代に
1968年には、大スター、ヘラルド・ワシーリエフ(1935~)が登場し、「モスクワ・オペレッタ」は、欧州でも指折りの劇場として、黄金時代に入る。
現在、同劇場は、伝統的レパートリーにショー、ミュージカルや新作をさかんにくわえ、新時代を迎えつつある。ミュージカル「モンテ・クリスト」、「オルロフ伯爵」などがその例。
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