悪夢に捕われ

=Julia Wesley撮影

=Julia Wesley撮影

 数年前、とあるビデオクリップがユーチューブで大ヒットした。動画に映っているのは、クラシック音楽を演奏するピアニストとヴァイオリニスト・・・だが、いつの間にかコンサートは激しく狂ってしまうのである。

 ロシア人ヴァイオリニストのアレクセイ・イグデスマンと韓国系イギリス人ピアニストのヒョンキ・ジョーは、「A Little Nightmare Music(「小悪夢曲」、モーツアルトのアイネ・クライネ・ナハトムジーク(小夜曲)をもじったもの)というショーを、世界各地の舞台で披露している。初演から8年、ヨーロッパの主要都市はほぼ全て制覇し、今月、ニューヨークのカーネギーホール・デビューをする。

 コンサートは、燕尾服姿の二人が登場し、厳かに始まる。しかし、携帯の着メロが会場で鳴り響くと、「悪夢」は始まる。二人は、グロリア・ゲイナーの「恋のサバイバル」をバッハ風に弾いたり、ショパンの練習曲と重ねてみたり、ひどいロシア訛りで歌ったり、しまいには、ミルク泡立て器で弾き始める。さらに、モーツアルトを弾くか「007」シリーズのテーマソングを弾くか決めかねた二人は、両曲同時に弾いてしまう。

 彼らのコントは、子供でも笑える気取らないギャグから、プロの演奏家にウケる鋭いツッコミまであり、幅広い客層を対象としている。「A Little Nightmare Music」という題名は、コンサートで実際に起こりうる悪夢からきている。「コンサートに行くと、いろいろな失敗に遭遇するそれが我々のインスピレーションだ」とジョーは語る。二人は自分たちの失敗からもインスピレーションを得ることが多い、と言う。「要は、我々のコンサートは最初から最後まで大失敗の連続ってこと」。

 12歳の時、イギリスのユーディ・メニューイン音楽学校で出会ったという二人は、その後進学を機に離れ離れになったが、卒業後、ジョーがイグデスマンの住むウィーンに移住。ここ数年は一年の大半をツアーで過ごすため、ジョーは妻(日本人ピアニストの堀内ゆうさん)からも「ジョーの正妻はアレクセイ」と言われるという。

 2010年11月、二人はロシアのサンクト・ペテルブルクでコンサートを開催した。イグデスマンにとっては、6歳の時に家族とドイツに移住して以来、30年ぶりの故郷だった。コンサートの後、故郷に戻って来られた喜びを語ったイグデスマン。彼はその日の朝、自分の生まれ育った家を探し求めたという。「たぶんこれだ、っていう所を見つけたんですけど・・・アダルトショップになっていました」。

 彼らの演奏会はギャグ満載だが、二人とも正統派のクラシック音楽家として成功できる程の演奏レベルである。それでもお笑いを選んだのは、クラシックという堅苦しいジャンルに、コメディーと演劇の要素を取り込みたかったからだ。彼らの動画がユーチューブでヒットしてからは、多くの正統派の音楽家からも共演依頼が舞い込んだ。2009年には、ヴァイオリニストのギドン・クレーメルとも来日している。最近では、ピアニストのエマニュエル・アックスや、ハリウッド俳優のジョン・マルコビッチとも共演している。

 今、二人は新しいショーを準備中だ。「そして、モーツァルト」と名付けられた新しい演目は、近々ウィーンで初演される。日本で見られる日もそう遠くないと期待したい。