ノヴォシビルスクは、モスクワ、サンクトペテルブルクに次いで、ロシア第3の都市である。「シベリアの首都」と呼ばれているのは、主要な企業がこの街を拠点としているからである。さらにノヴォシビルスクには、ロシアの「シリコンバレー」、アカデムゴロドクがある。地元の研究者たちが、金属の性質から、キツネの家畜化にいたる幅広い分野で活動を行なっている。
地元の人々はオムスクに行けば、そこから去ることはできないと冗談まじりに(あるいは本気で?!)言う。それは、世界でもっとも短い地下鉄(一駅しかない!)があるからだ。実際、住民たちはすでにこれをジョークにしている。
真面目にいえば、オムスクは人口で見るとロシア最大の都市の一つであり、ソ連時代には、「学術都市」、「青年都市」などの異名を持っていた。今も、オムスクにはシベリアの大規模な研究所や石油化学工場などが置かれている。
1628年、ゴールドラッシュの時代に建設されたクラスノヤルスクは、現在、最も東の100万人都市である。人口は毎年、増加を続けており、金属工場や機械工学、宇宙産業などの工場がある。またクラスノヤルスクは信じられないほど美しい街並みで知られる。偉大なエニセイ川、街から始まる東サヤン山脈、ノーザン・ビーチのある公園などの最高の景色を見ることができる。地元市民のガイドはこちらからどうぞ。
チュメニは、1586年、シベリアの最初の都市として創建された。最近、チュメニはロシアでもっとも住みやすい街の上位に常にランクインしている(2015年から2018年にかけては1位!)。しかしこれは驚くべきことではない。石油・ガス部門の仕事が数多くあるからだ(チュメニ州は、ロシアのガス・石油採掘の主要な地域である)。また主要な学術研究所や教育機関もあり、留学生も多い。加えて、温泉を使った観光ルートや娯楽施設も非常に発達している。
チュメニを訪れることがあれば、19世紀までシベリアの中心都市であった隣接のトボリスクを訪問するのを忘れずに。
壮大な山で知られるアルタイ地方の中心都市であるバルナウルは1730年代に銀製錬所の労働者のために建設され、次第に発展してきた。工場は1893年に閉鎖されたが、ブロック工場や醸造所など、他の産業も発展するようになっていた。現在、バルナウルはシベリアの産業の中心地というだけでなく、観光業も進み、アルタイ地方への旅のスタート地点となっている。
1661年に創建されたこの街は、シベリア最古の都市の一つであり、世界でもっとも深い湖であるバイカル湖の近くに位置している。歴史的中心街は、訪れる価値のある場所で、たとえば、裕福な商人らが建てた印象的な石造りの家々などがある。郊外には、タルツィ木造建築博物館があり、シベリアの本物の要塞のように見える(詳しくはこちらからどうぞ)。
1604年に建設されたトムスクは、シベリアにおける交通輸送と貿易の主要拠点であった。そこで商人、建築家、科学者、医師らがこの地に集結した。街には古い木造建築が保存されている(この街の建築遺産についてはこちらから)。現在のトムスクの主要な産業は、石油精製と機械エンジニアリングである。
ケメロヴォは、ロシアの鉱業部門、石炭産業、化学製品製造の中心地である。街には、記念碑や地区の名前、博物館など、この地の鉱業の困難な作業を連想させるものがある。
ケメロヴォ州に位置するノヴォクズネツクは、ロシアを代表する採炭、金属工業の街である。1930年代、ソ連が国の産業化を進めたとき、ノヴォクズネツクは、最初の実験的な社会主義都市―労働者のための「理想的な都市」―の一つとなった。
ウラン・ウデは、ロシアの仏教の国、ブリャート共和国の首都である。ウラン・ウデは、伝統的な文化だけでなく、隣人たちが街のソ連の遺産と調和よく暮らしているその様相でも観光客を惹きつけている。この街には、レーニンの巨大な頭部の記念碑があるのを知っているだろうか?イギリスからこの街を訪れた観光客はこんな感想を持ったという。
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