ソ連政府 飲酒とかく戦えり(写真特集)

ユーリー・ルイブチンスキー/ マルチメディア・アート美術館/旧モスクワ写真館/ russiainphoto.ru
 ソ連政府は、何度かアルコールの生産と販売を制限しようと試み、また強制的な「治療」さえ導入した。しかし、すべては徒労に終わった。

 ロシア人の「国民性」の一部としての飲酒に初めて言及したのは、9〜10世紀のはざまに生きたウラジーミル大公だったようだ。伝説的な言葉、「ルーシの楽しみは飲酒だ」を吐いたのは彼だと考えられている。酒が飲めないことは、おそらく彼がロシアにイスラム教を国教として導入することを拒んだ理由の一つだった。結局、ロシアは正教国となった。

 彼以降のツァーリたちも、飲酒には極めて寛大で、彼ら自身からしてそれを好んだ。エカテリーナ2世には、「酒好きな民衆は統治がより簡単だ」という言葉がある。

労働者のための宿舎「市営禁酒促進会館」、1909年

 早くも19世紀には、ロシア帝国で過度の飲酒を控えさせる試みが行われた。しかし、最初の禁酒法を導入したのは、最後の皇帝、ニコライ2世で、第一次世界大戦初期のことだった。

ロシア、フランス、アメリカ、イタリア、セルビアの軍人がビールを飲む(1910年~1913年)

 ソ連当局は、禁酒促進の方針を引き継いだ。ボリシェヴィキ政権にとっては、溌溂とした、仕事のできるプロレタリアが必要だった。だが、新経済政策(ネップ)の時代になると、アルコールの販売禁止が解除された。アルコール消費が大きな収入をもたらすことが分かったからだ。 

「禁酒法の撤廃」、1920年

 しかしその後、ソ連ではさらにいくつかの反アルコール・キャンペーンが行われた。1929年には、ビールとその屋台が禁止され、アルコールの危険性に関する記事が雑誌に掲載され始めた。

 だが当局は、これによる経済損失を認識する。1934年にはビール生産が再開され、新しい銘柄さえ登場した。

 時代は下って1958年。国中に過度の飲酒がはびこっていた。アルコールはストレスを和らげ、共に余暇を過ごす手段だった。人々は休日、祭日には大いに飲んだ。当局は、ウォッカその他のアルコール飲料の販売制限に関する法令を出した。

 しかし、例えば、農村の住民の大半は、店ではアルコールをほとんど買わず、酒を密造した。彼らはそれをこっそりとやった(下の写真の人々は森の中に隠れていた)。

 人々は、ごちそうやグラスなしの休日なんて想像できなかった。1960年代、当局は密造酒との戦いを開始し、酒の密造に対する刑事罰を導入した。

 にもかかわらず、どの時代でもレストランでアルコールを購入することは可能だった。もっとも、それができたのはごく裕福な人だけだったが。

1950年代半ば

 しかし最も有名なのは、1970年代および80年代の反アルコール・キャンペーンだ。この時、当局は、アルコール依存症に対する強制治療を導入し、恐るべき組織「治療・労働予防施設」(LTP)を創設した。

 実際のところ、人々はこの施設では治療はされず、アルコールと薬物に手を出せないように塀の中に閉じ込められただけだった。「患者」の扱いは刑務所のそれに似ていた。

 

「治療・労働予防施設」(LTP) の患者、1970年代。

 最もサディスティックな機関は、「泥酔者留置場」(トラ箱)で、1928年から2000年代にいたるまで存在した。ここへは、警官が路上で拘束した酔っ払いたちを連れて来た。そこで彼らは医師に診察され、重篤な状態にある場合は病院に移送される。危険がなければ、完全に酔いがさめるまでそこに留め置かれた。

「泥酔者留置場」への移送、1970年代

 「泥酔者留置場」に連行された者はすべて、職場に通知を送られ、深刻な懲罰を受ける可能性があった。おまけに、しらふに戻すために屈辱的な方法が用いられた。酔漢たちは、裸にされて冷水のシャワーを浴びせられ、抵抗した者はベッドに縛りつけられた。

「チェレポヴェツ市(ヴォログダ州)の泥酔者留置場」、1980年
「チェレポヴェツ市(ヴォログダ州)の泥酔者留置場」、1980年

 今もロシアは積極的にアルコール消費と戦っている。メディアでのアルコール飲料の広告は、2009年から禁止されている。販売については、夜間の22〜23時から午前8〜9時までの時間帯は、制限されている(地域によって異なる)。 

 保健省のデータによると、2011年から2018年までに、アルコール消費量は半減した。1人当たり年間18リットルから9.7リットル(エチルアルコール)にまで減っている。

 

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