ヴェネディクト・エロフェーエフ生誕80年:郊外電車の酔いどれエレジーの作者

ヴェネディクト・エロフェーエフの愛好者たちが彼の生誕60年を小説『モスクワからペトゥシキまで』と同じルートを走る電車で祝っている。

ボリサ・カワシキナ撮影/TASS
 ソ連末期の作家、ヴェネディクト・エロフェーエフ(1938~1990)が生誕80年を迎える。彼は、ロシア人の飲酒と絶望を歌った。小説『モスクワからペトゥシキまで』で有名だ。この作品は、ソ連の最後の世代のありさまを見事に描いている。

 作家ヴェネディクト・エロフェーエフは、ごく寡作であったが、ロシア人に自分と人生について考えるよう促した。

 エロフェーエフは、ブルーワーカーの視点からソ連の生活を知っていた。彼は、荷物運び、ボーリング(掘削)、酒屋の守衛、建設作業員、ケーブル・マンなどとして働いた。そしてこういう仕事をすることは、ソ連では絶え間ない飲酒を意味した。エロフェーエフも、これに逆らいはしなかった

「我々は滅び去る」

 なぜエロフェーエフは、このロシア的悪徳に耽溺したのだろうか?彼は学校をすべて「A」の成績で卒業した。そのため、無試験でモスクワ大学に入り、学ぶことができた。しかしそこで彼は、知的な弾圧と共産党イデオロギーへの追従を目にした。

 間もなく彼は、放校処分になった(軍事教練の授業に出ることを拒否したため)。そして、別の大学に入学しようとした。最終的にウラジーミル国立教育大学に受け入れられたが、そこでは、彼の飲酒と該博な知識が学生仲間の間で伝説となった。

 エロフェーエフの友人だった詩人、オリガ・セダコワは、こう当時を振り返る

 「彼の飲酒は象徴的だった…。この社会構造の否定が彼の選択だった。そして、多くの友人や若い賛美者が彼の生き方に従った。『我々は滅び去るんだ』というわけで」

 しかし彼は、ウラジーミル国立教育大学からも除籍になった(彼は仲間に聖書を読んで聞かせ、反ソ的な詩を書いた)。その後、秘密警察「KGB」は、この反抗的な若手作家を注視するようになる。

 聖書のほかに彼はラテン語を知っていて、ソ連の大学カリキュラムにはなかった古典文学やクラシック音楽を崇拝していた。そして自分の知識を仲間の労働者、友人、知人らと共有し、個人的なサークルをつくった。しかしエロフェーエフは投獄を免れた――これもまた飲酒のおかげだった。

 彼の友人、ウラジーミル・ムラヴィヨフは、KGBの将校たちから「エロフェーエフは何をしているか」と聞かれたとき、「いつもと同じように一日中飲んでます」と答えた。その後、秘密警察は、エロフェーエフのファイルを奥にしまい込んだようだ。

 エロフェーエフは、自分の本当のすがたを隠すためにいろんなことをした。その主なものが、彼自身が繰り返し語った「神話」による韜晦だった。

事実と虚構

 小説『モスクワからペトゥシキまで』は、彼の最初の人気作で、1970年代にサミズダート(地下出版)で流布した。1980年代後半に公式に出版されると、さらに人気を得る(「ペトゥシキ」は、モスクワから東方に向かう郊外電車の終点だった)。

 これは、「電車の中で酔っぱらっている男についての小説」だった。ソ連市民にとっては、これはごく身近な状況だ。

  作者が苦々し気に指摘しているように、読者は誰も、この作品の背後に潜む悲劇を理解していなかった。単に陽気なお話だと思って、それに相応したやり方で作家を扱った。詩人でエロフェーエフの知り合いだったヴィクトル・クルレは、1987年の「文学の夕べ」を思い出す

 「彼はうるさいハエのように人を押しのけていた。明らかに彼は疲れていたが、誰もが彼と話すときは大声でがなり立て、酒をすすめねばならないと思い込んでいた…」

 エロフェーエフは、自分を謎でくるんでファンたちから一線を画し、自作についての神話をつくった。これらの神話のおもしろい点は、ファンに決して存在しなかったものを探索させる点だ。ちなみに、そこにはロシアの伝統的な民話のテーマが繰り返し出てくる。

 まず一つの神話は、『モスクワからペトゥシキまで』には、失われた章があったというもの。その章は卑猥な事柄のみで構成されていたので、「私はそいつを飲みほした」という文句を残して削除されたという触れ込みだった。これに振り回された文学者たちは、その決して存在しなかった章を見つけるために長い年月を費やした。

 もう一つの神話は、ソ連の大作曲家に関する作品、「ドミトリー・ショスタコーヴィチ」だ。エロフェーエフは、この小説を書き上げた後で、電車で失くしてしまったのだという。彼の同窓生だったスラーヴァ・レンは、この小説の「抜粋」も出版していたが、文学史家たちはこれも嘘だと確信している

オリガ・セダコワ

 エロフェーエフは、何万人もの人々を飲酒に誘い込んだと伝えられている。オリガ・セダコワの考えでは、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』が18世紀後半に自殺を流行させたように、エロフェーエフの本は多くの人々を飲酒に追いやった。

 「あまり注意深く読まなかった若者たちは、安直な解決法を手にした。つまり、ただやみくもに飲みまくり、『社会の階段』に唾した」

 おそらく、ソ連末期の世紀末的な精神状態は、その後の「新しい人生」では役に立たなかったかもしれない。だいたい、その「新しい人生」は、エロフェーエフが嫌悪し、一切関わりたくないと思っていたような代物だったのだから。

 

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