ロシアで本物の中世ヨーロッパの城が見られる場所(写真特集)

観光・自然
ボリス・エゴロフ
 ロシアはクレムリンと呼ばれる独自の要塞を持つことで知られているが、意外にもこの国で中世西ヨーロッパ式の城が見つかることがある。

1. ゲオルゲンブルク城(カリーニングラード州、チェルニャホフスク)

 聖ゲオルギオスに因んで名付けられたこの城は、ドイツ騎士団(チュートン騎士団)のハルトマン・フォン・グルームバッハによって1351年に建てられた。その長い歴史を通して、ゲオルゲンブルク城は、プロイセン軍、リトアニア軍、スウェーデン軍、ロシア軍、さらにはポーランド=リトアニア共和国に仕えたいわゆるリプカ・タタール軍など、数多くの軍の攻撃を目撃してきた。

2. タピアウ城(カリーニングラード州、グヴァルデイスク)

 1258年にドイツ騎士団によってタピアウ城が建てられた土地は、プロイセン人には「タピオフ」――暖かい土地――として知られていた。数世紀の間、城は騎士団の記録保管所・図書館として利用された。ここを訪れた有名な人物には、イングランドのヘンリー4世やニコライ・コペルニクスがいる。

 ワイマール共和国がこの城を刑務所に変えたが、現在のロシアも同様の用途でタピアウ城を使っている。

3. ヴィーボルクスキー城(レニングラード州、ヴィーボルク)

 この城は1293年にカレリアのフィンランド人部族に対する第三次十字軍の際にスウェーデン人によって建てられた。フィンランド湾の小さな島にあるこの城は、この地域をスウェーデン王に渡すまいとするルーシのノヴゴロド共和国による攻撃からスウェーデンの十字軍戦士を守ることを目的に建てられた。

 鉄壁の防御力を誇る要塞は、何世紀もの間あらゆる攻撃を跳ね返してきたが、大北方戦争中の1710年、2ヶ月に及ぶ包囲戦の後、ロシアのピョートル大帝の軍に攻略された。

 高さ48.6㍍の聖オラフ塔は、城の顔であるだけでなく、ヴィーボルク市の顔でもある。塔は古くから北欧で最も高いドンジョン(天守閣)として登録されている。また、これはロシア唯一の中世のドンジョンである。

 4. ヴァルダウ城(カリーニングラード州、ニゾヴィエ農村居住区)

 1264年に建てられたヴァルダウ城は、長い消耗戦に耐えたり、激しい攻撃に抵抗したりする目的で使用されたことはなかった。その代わり、ここは旅をするドイツ騎士団の騎士や聖職者の宿として使われた。

 1457年に城のステータスが一気に上がった。大改築を経て、ここはドイツ騎士団総長の夏の住まいとなった。

 ヴァルダウ城は、ロシアで数少ない保存状態の良好な中世西欧の城の一つである。

5. プロイシッシュ・エイラウ城(カリーニングラード州、バグラチオノフスク)

 1325年に建てられたこの城は、数多くの破滅的な戦争や紛争に耐えてきた。ポーランド・ドイツ騎士団戦争(1519-1520)の際に4千人のポーランド軍の攻撃を跳ね返した後、プロイシッシュ・エイラウ城は「無敵要塞」として称賛された。

 6. ラウケン城(カリーニングラード州、サランスコエ村)

 ラウケン城は1260年に建てられ、プロイセンの一部族、ナドルヴィア人に対するドイツ騎士団の攻撃の際には重要な要塞として機能し、彼らにとって重要かつ栄光ある目的の達成に貢献した。後にはこの地域における騎士団の政治指導者の居城として用いられた。

 16世紀には城の重要性は著しく低下し、初め狩猟小屋に改造され、その後屋敷となった。現在、ラウケン城は学校として利用されている。

7. ノイハウゼン城(カリーニングラード州、グリエフスク)

 ノイハウゼン城は優美さや美しさ、優雅さを備えていない。13世紀末に建てられたこの重厚で堅固な要塞の役割は、ドイツ騎士団の土地を東方から守ることだった。

 驚くべきことに、要塞は一度も大きな戦闘を経験せず、16世紀にはプロイセン公の夏の住まいとなった。雄大さを欠くノイハウゼン城の運命もまた趣を欠くもので、現在は自動車修理業者が入居している。